ニュースイッチ

ノーベル賞の期待高まる。宇宙の謎を解明する次世代加速器

高エネ機構が完成。衝突性能40倍、世界一を更新
ノーベル賞の期待高まる。宇宙の謎を解明する次世代加速器

ロールイン完了直後のベルII測定器

 この地から、またノーベル賞受賞者は生まれるのか―。高エネルギー加速器研究機構が茨城県つくば市に建設中の次世代衝突型加速器(スーパーKEKB)がほぼ完成し、いよいよ今秋から衝突実験を始める。前身のKEKB加速器を約7年間かけて増強し、衝突性能(ルミノシティ)を最終的に40倍まで高める。世界一の衝突データ量を誇るこの最新鋭の加速器で、宇宙の始まりの新たな謎の解明に挑む。

 4月中旬、スーパーKEKB建設の最大のヤマ場である「ベルII」測定器の移動(ロールイン)作業が完了した。各種検出器を組み込んだ全長8メートル、重さ約1400トンの巨大装置であるベルII測定器を、建設現場から加速器内部のビーム衝突点へと移動した。

 これまでベルII測定器と加速器は別々に建設していたが、両者が合体し、衝突データを収集するための準備が整った。現在は0・5ミリメートルの精度で位置合わせを行っている。

 高エネ機構の山内正則機構長は、「世界一の性能を持つ加速器が実現すれば、それまで知られていなかった普遍的な真実が見つかるはず」と期待する。

 KEKBは2010年に約10年間の稼働を終え、スーパーKEKBとして刷新するための改修工事に着手。電磁石やビームパイプなどの部品を大幅に入れ替え、16年2月にスーパーKEKBとして試運転を始めた。

 ベルII測定器の設置が完了すれば、17年11月には衝突実験に乗りだし、データ収集を始める予定だ。徐々に性能を高め、18年末ごろに本格運転へ移行する。

 KEKBは01年、高エネ機構の小林誠特別栄誉教授と名古屋大学の益川敏英特別教授が提唱した『小林・益川理論』が予言する「CP対称性の破れ」を実証。実験で理論を裏付け、08年、両教授にノーベル物理学賞受賞をもたらした。

 KEKBは当時も“世界一のルミノシティ”だったが、スーパーKEKBはこれをさらに上回る性能になる。
                 

 ところで、12年に質量の起源である「ヒッグス粒子」をとらえ、13年のノーベル物理学賞に貢献した欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)とはどう違うのか。

 LHCでは、13テラ電子ボルト(テラは1兆)の世界最高エネルギーで陽子と陽子を衝突させ、宇宙誕生後の状態を再現する。

 これに対して、スーパーKEKBは、電子と陽電子を衝突させ、同様に宇宙の初期状態を作り出す。エネルギーは約10ギガ電子ボルト(ギガは10億)と小さいが、ルミノシティはLHCの約80倍だ。

 「LHCは豆大福と豆大福をぶつけるように、余計なものまで衝突させてしまう。スーパーKEKBなら、純粋に豆と豆の衝突が可能で、きれいな反応を起こせる」(高エネ機構)。

 ルミノシティを追求し、前身のKEKBよりも50倍の量の衝突データを蓄え、さらに実験の精度を高める。そこで目指すのが、宇宙の初期には存在したはずの「反物質」が消えた理由や、素粒子の標準理論では説明できない未知の粒子の発見などだ。標準理論からの有意な“ズレ”が見つかれば、新たな物理法則を探すための重要な手がかりになる。

 「理論が予想しないような未知のモノを見つけるのが夢。ノーベル賞の受賞にぜひ貢献したい」と高エネ機構の素粒子原子核研究所の足立一郎准教授は語る。宇宙の質量の大半を占めるとされる、暗黒物質(ダークマター)の候補が見つかるとの期待もある。
高エネ機構の全景(茨城県つくば市、高エネ機構提供)

(文=藤木信穂)
日刊工業新聞2017年5月5日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 巨大設備である加速器の建設には企業も深く関わる。ビームを絞るために衝突点付近に置く超電導磁石は三菱電機が開発し、光センサーは浜松ホトニクスが製作した。十数年におよぶプロジェクトへの参画は、技術開発の加速や技術者の育成にもつながるため、企業側の意識は高い。  またスーパーKEKB実験には、20カ国以上の国と地域から700人以上の研究者が参加する。日本は高エネ機構のほか、名古屋大学や東北大学など多くの大学や機関が協力する。  日本では現在、東北に国際リニアコライダー(ILC)を誘致する計画案の検討が進んでいることもあり、世界のリーダーとして国際共同実験を指揮する高エネ機構の手腕が試される。 (日刊工業新聞科学技術部・藤木信穂)

編集部のおすすめ