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大隅教授単独インタビュー「最初のきっかけは基本的な知的好奇心にある」

「サイエンスに終わりはない。酵母でもまだ先導できることがある」
 スウェーデンのカロリンスカ医科大学(ストックホルム)は3日、2016年のノーベル生理学医学賞を大隅良典東京工業大学栄誉教授(71)に贈ると発表した。授賞理由は「オートファジー(自食作用)の仕組みの発見」。酵母の細胞が不要なたんぱく質などを自ら分解し、再利用する現象「オートファジー」の観察に初めて成功した。

 同日、東工大の大岡山キャンパス(東京都目黒区)で会見した大隅栄誉教授は「この上もなく名誉なこと。ノーベル賞には格別の重さを感じている」とした上で、「サイエンスに終わりはない。酵母でもまだ先導できることがある」と、これからの研究に意欲を示した。

 日本のノーベル賞受賞者は25人目。生理学医学賞の受賞は、15年の大村智北里大学特別栄誉教授(81)に続き4人目となる。授賞式は12月10日にストックホルムで開かれ、賞金800万スウェーデンクローナ(約9500万円)が贈られる。

 大隅栄誉教授は東京大学助教授時代の1988年、飢餓状態にした酵母の細胞内の小器官「液胞」が、たんぱく質などを取り込んで分解するオートファジーの過程の観察に世界で初めて成功した。その後、93年にオートファジーの関連遺伝子を特定するなど、あらゆる動植物の細胞が備える基本的機能であることを示してきた。

 オートファジー関連遺伝子はこれまでに18個見つかっている。関連の論文の発表件数は90年代初頭に年10件程度だったが、現在は同5000件程度に増えている。がんや神経疾患などの病気にオートファジーの異常が関わっていることも明らかとなっており、治療への応用が期待されている。

「日本の基礎科学の底力をみせていきたい」


 ノーベル生理学医学賞は、オートファジーの解明に貢献した東京工業大学の大隅良典栄誉教授の単独受賞に決まった。大隅栄誉教授は3日、日刊工業新聞の単独インタビューに応じた。

 オートファジーの知見がどのような分野に貢献するかとの質問に「オートファジーの分子機構は多くの細胞に共通する仕組み。この仕組みがおかしくなると、がんやアルツハイマー病などの病気の原因となる可能性がある。オートファジーの分解機構を利用すれば、病気の発症を遅らせることができるかもしれない」と可能性を語った。

 一方で「細胞はそんなに単純な仕組みではできていない。医学への応用を実現するためにはオートファジーのことをもっと知る必要がある。『役に立つ』ことを追求することも大切だが、現時点では基本的な問題を解決するべき段階にある。今後、日本の基礎科学の底力をみせていきたい」と基礎科学の重要性を強調した。

 日本の科学技術を担う若手研究者には「オートファジーの研究は役に立つと信じているが、最初のきっかけは基本的な知的好奇心にある。そういった気持ちを大切にしてほしい」と未来の研究者にエールを送った。

<略歴>
大隅良典(おおすみ・よしのり)東工大栄誉教授。72年(昭47)東大院理博士単位取得退学、74年同大学理学博士取得。74年米ロックフェラー大研究員。77年東大理助手、86年講師、88年同大学教養学部助教授。96年岡崎国立共同研究機構(現自然科学研究機構)基礎生物学研究所教授。09年東工大特任教授、14年栄誉教授。05年藤原賞、06年日本学士院賞、09年朝日賞、12年京都賞、15年ガードナー国際賞、同年国際生物学賞、同年文化功労者など受賞多数。福岡市出身。

「知の大競争時代」若き研究者、出でよ


 オートファジーの研究により、東京工業大学フロンティア研究機構の大隅良典栄誉教授(71歳)のノーベル生理学医学賞受賞が決まった。まずは大隅氏にお祝いを申し上げたい。これで日本人の受賞は3年連続。生理学医学賞の受賞は大村智氏に続いて2年連続となる。また文学賞を除いた日本人の単独受賞は、1949年の湯川秀樹氏(物理学賞)、87年の利根川進氏(生理学医学賞)以来、3人目という栄誉だ。

 オートファジーは自食作用という機能。大隅氏は、飢餓状態の細胞が飢餓を乗り切るために自らの細胞の一部を分解し、栄養源とするオートファジー機能を世界で初めて確認し、さらにそのメカニズムや関連する遺伝子を次々と明らかにした。

 大隅氏の研究対象は当初、酵母だったが、その後、オートファジーは植物から人まであらゆる動植物に共通する細胞の機能であることを突き止めた。

 オートファジー研究は1990年代までは年数本の論文が発表される程度だったが、近年は年数千本に増えている。オートファジーの機能不全による神経変異性疾患、細胞内に異常たんぱく質が蓄積する疾患など人の病気との関係も報告されている。また、がん細胞のオートファジー機能を阻害することによる治験例もある。

 近年は大隅氏門下の東京大学医学系研究科の水島昇教授が、オートファジーが異常たんぱく質を分解浄化することや受精時にも欠かせないことなど多数の研究成果を上げている。

 大隅氏はかつてインタビューで「科学の道を志すのであれば、人がまだやっていないこと、そして自分が心底面白いと思えることをやってほしい。研究テーマが自分にとって魅力的で面白いものでさえあれば、たとえ一時期不遇であっても、苦しさは必ず乗り越えることができます」と語っている。

 若手研究者はこの言葉のように自分の信じる研究に邁進(まいしん)してほしい。また多くの少年少女が科学研究に興味を持ち、「知の大競争時代」をリードする研究者に育つことを期待したい。

単独受賞の意義


 毎年のように日本人のノーベル賞受賞が報じられるようになったが、その中でも格別の栄誉を感じる。東京工業大学の大隅良典栄誉教授の生理学医学賞受賞は、自然科学分野で日本人3人目の単独受賞だ。

 ノーベル賞の中でも文学賞は、その性格からして共同受賞はない。過去の川端康成氏も大江健三郎氏も単独だ。平和賞は年にもよるが、国連関連の機関や国境なき医師団など、組織での受賞が珍しくない。

 自然科学3賞と経済学賞は最大3人までの共同受賞が可能。近年は国際共同研究の進展もあり、ひとつの業績を複数の研究者で分け合うのが普通になっている。事前の大隅さんに関する予想でも、何人かの名が挙がっていた。

 結果的に単独となったのは、それだけ「オートファジー」の発見に対する貢献度がずばぬけていると評価されたためだ。自然科学3賞のうち、生理学医学賞は最も日本人受賞者が少ないが、今後は利根川進氏(1987年)と大隅さんという2人の単独受賞者を誇ることができる。

 さて今夜は物理学賞、5日は化学賞。単独とはいかずとも、日本人研究者の業績が高く評価されることを切に祈る。同じ年の3賞すべてに日本人が名を連ねたことは、いまだかつてない。

日刊工業新聞2016年10月4日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
文部科学省の科学技術・学術政策研究所の調査では、日本の研究者は研究の盛んな分野に参入する「大陸型」が多く、自ら新たなテーマを打ち立てる「小島型」が少ないという。大隅氏の受賞に奮い立ち、難易度が高く独自性の高い研究が増えることが期待される。

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