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日経記者がプロジェクトチームで総力取材『免疫革命 がんが消える日』

<情報工場 「読学」のススメ#29>末期がんに効く「夢の新薬」オプジーボ

2017年2月から従来の半額に異例の薬価引き下げ


 オプジーボに関しては、その薬価の高さも話題になった。2016年4月時点では100ミリグラムあたり約73万円。財務省の財政制度等審議会(財制審)における試算では、体重60キログラムの非小細胞肺がん患者に投与する場合、年間3500万円にも達する。肺がんの死者は7万7000人だがその6割強の5万人がオプジーボを1年間使うと仮定すると、薬代だけで1兆7500億円にのぼる。その大部分を国が負担することになる。

 この試算に驚いた政府は、薬価改定のスケジュールを前倒ししてまで、引き下げに動いた。結局、2017年2月からオプジーボの薬価は半分になった。

 だが本書は、国立がん研究センターのデータなどを根拠に、オプジーボの値段が「突出して高いわけではない」とも指摘している。そもそも最大の功労者である本庶名誉教授も「オプジーボは高すぎる」という議論には疑問を呈しているのだ。

 本庶氏は2016年6月、「京都賞」受賞時の記者会見の席上で質問に答え、「年間3500万円などという試算はありえない数字」と断言した。1年間未満の投与で十分な患者も多いからだという。またオプジーボは人体本来の免疫の力を利用するため、効果に持続性がある。さらに、他の治療法を試さなくても済むために、その分治療費を節約できる。

 薬価が半分になると、製薬会社の創薬への意欲を削ぐことにもなりかねない。小野薬品工業はオプジーボの成功で収益を上げたが、中小企業だ。薬価が半分になることは、経営に少なからぬ影響を与えるだろう。

 もし経営が行き詰まり、同社のオプジーボの開発・改良がストップすれば、救えるかもしれなかった多くの命が失われるかもしれない。また、現状でも海外の大手製薬会社が続々とオプジーボの競合に名乗りを上げてきており、せっかくの日本企業の競争優位が消える可能性もある。

 本庶氏のような専門家の意見が入れられず、政府が薬価引き下げに踏み切ったことは正しかったのだろうか。この件に限らず、専門家の見解が軽視される風潮は決して良い結果をもたらさないのではないか。医療面での国際競争力、そして人命に関わるだけに、今後、より慎重な議論が望まれるところだ。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『免疫革命 がんが消える日』
日本経済新聞社 編著
日本経済新聞出版社(日経プレミアシリーズ)
192p 830円(税別)
ニュースイッチオリジナル
冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
医療分野のベンチャーに投資するためファンドを組成する製薬会社が増えている。小野薬品の薬価引き下げに関しては様々な見方があるとは思うが、国は、そういった積極的投資から今後生まれたものに対しても、国際競争力を増すための後押しこそすれ、勢いをそぐようなことはないようにしてほしい。

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