世界がソニーで“ワオ!” ロボットか未来家電かそれとも事業売却?
ようやく“普通の会社”に。「新たな挑戦を加速すべき時が来た」(平井社長)
この1年ほど、ソニーTS事業準備室長の斎藤博は技術者や他部署の社員から声をかけられることが増えた。「この技術、何かに使えませんか?」。「次の製品、期待してるよ」―。2年前には見られなかった光景だ。斎藤は「新しいことに挑戦するマインドが広がりつつある」と実感する。
「中学生の頃に小遣いをためて『スカイセンサー』というラジオを買った。まさに『ワオ!』な体験だった」―。社長の平井一夫は10代の頃から熱烈なソニーファンだった。だが経営する立場となると、その思いは悔しさに変わった。
2012年に社長に就任した当時、会社全体にはリスクよりも安全を重視する姿勢が蔓延(まんえん)していた。新しいアイデアや技術があっても表には出ず、塩漬けの状態。世間からは「ソニーらしさが薄れた」との声が多く聞かれた。
危機感を覚えた平井は13年4月、社長直轄の「ライフスペースUX」プロジェクトを始動した。「ソニーらしさ」を取り戻す取り組みだ。
プロジェクトは「住空間に溶け込む家電」がコンセプト。家電は機能が優先され、インテリアになじむものが少なかったが、プロジェクトではデザインも追求し家電のモノづくりに新たな概念を持ち込んだ。斎藤は「売れることよりも“尖(とが)った製品”を出し続けることに軸足を置いた」と力を込める。
リスクを取っても遊び心のある製品を出すという姿勢を社内外に示し、魅力的なアイデアや知見を吸い上げた。さらに、特定の製品をターゲットに開発する従来手法とは異なり、優れた既存技術から製品を作るやり方を重視した。
プロジェクトからはスタンドライト型のスピーカー「グラスサウンドスピーカー」や、「LED電球スピーカー」などユニークな製品が生まれた。しかし平井は貪欲だ。「もっと出してほしい」。
斎藤は「最近はストーリーや考え方に共感して商品を買う流れが増えている。コンセプトを軸にモノづくりをするやり方を全社に広めたい」と話す。平井の思いは、少しずつだが、社内に変革をもたらしつつある。これがソニーの当たり前になれば、製品開発のあり方が変わるかもしれない。
電機部門の構造改革にめどを付け、ようやく“普通の会社”になりつつあるソニー。「将来の成長に向け、新たな挑戦を加速すべき時が来た」―。社長の平井一夫は2016年、事業創出に向けてアクセルを踏み込んだ。その第一歩が、ロボット・人工知能(AI)だ。
99年に発売され、人気を博したペット型ロボット「AIBO(アイボ)」。06年に事業から撤退し、アイボに携わった人材や技術はグループ内に散らばった。
この埋没した資産に平井は目を付けた。ここ数年、世間ではロボットやAIの技術を使ってイノベーションを起こそうとする機運が急速に高まっている。
一方、平井は消費者との接点を重視し、改革後の成長エンジンとして「ラスト・ワン・インチ」という密接な距離感を具現化できる製品を模索していた。「消費者とインタラクション(交流)する商品が、人の感情に寄り添えるロボットのようなものなら、ソニーらしいのではないか」。
16年4月、平井は新規事業を育成する組織を新設。ロボット・AIを軸に据えた。「ロボットやAIの資産を活用し、商品やサービスを展開できる要素は社内の至る所にある。これを『ワン・ソニー』の視点で集めてビジネスにしないでどうする」。いつも冷静な平井が社内に檄を飛ばした。
この思いに応えたのが、ソニーのロボット・AI技術を支えるソニーコンピュータサイエンス研究所(東京都品川区)だ。所長の北野宏明は「エネルギーや農業といった分野で事業の可能性を探っている」と話す。消費者向けだけでなく、物流や介護施設などBツーB(企業間)領域へも積極的に広げる構えだ。
16年は100億円規模のファンドも設立した。AIベンチャーの米コジタイへ出資するなど、外部の技術も取り込み始めた。18年度からの次期中期経営計画では、ロボットやAIに関し新たな戦略を示す方針だ。
平井は規模を追わずに収益性や付加価値を重視した体制を作り、戦い方を変えてきた。一方でプレイステーションやアイボに代表されるように、かつてのソニーらしさを想起させる戦略も目立つ。再び、世界が“ワオ!”と驚くような製品は生まれるのか。平井流のソニーは、まだ進化の途上にある。(敬称略)
(文=政年佐貴恵)
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「中学生の頃に小遣いをためて『スカイセンサー』というラジオを買った。まさに『ワオ!』な体験だった」―。社長の平井一夫は10代の頃から熱烈なソニーファンだった。だが経営する立場となると、その思いは悔しさに変わった。
2012年に社長に就任した当時、会社全体にはリスクよりも安全を重視する姿勢が蔓延(まんえん)していた。新しいアイデアや技術があっても表には出ず、塩漬けの状態。世間からは「ソニーらしさが薄れた」との声が多く聞かれた。
危機感を覚えた平井は13年4月、社長直轄の「ライフスペースUX」プロジェクトを始動した。「ソニーらしさ」を取り戻す取り組みだ。
プロジェクトは「住空間に溶け込む家電」がコンセプト。家電は機能が優先され、インテリアになじむものが少なかったが、プロジェクトではデザインも追求し家電のモノづくりに新たな概念を持ち込んだ。斎藤は「売れることよりも“尖(とが)った製品”を出し続けることに軸足を置いた」と力を込める。
リスクを取っても遊び心のある製品を出すという姿勢を社内外に示し、魅力的なアイデアや知見を吸い上げた。さらに、特定の製品をターゲットに開発する従来手法とは異なり、優れた既存技術から製品を作るやり方を重視した。
プロジェクトからはスタンドライト型のスピーカー「グラスサウンドスピーカー」や、「LED電球スピーカー」などユニークな製品が生まれた。しかし平井は貪欲だ。「もっと出してほしい」。
斎藤は「最近はストーリーや考え方に共感して商品を買う流れが増えている。コンセプトを軸にモノづくりをするやり方を全社に広めたい」と話す。平井の思いは、少しずつだが、社内に変革をもたらしつつある。これがソニーの当たり前になれば、製品開発のあり方が変わるかもしれない。
消費者との「ラスト・ワン・インチ」
電機部門の構造改革にめどを付け、ようやく“普通の会社”になりつつあるソニー。「将来の成長に向け、新たな挑戦を加速すべき時が来た」―。社長の平井一夫は2016年、事業創出に向けてアクセルを踏み込んだ。その第一歩が、ロボット・人工知能(AI)だ。
99年に発売され、人気を博したペット型ロボット「AIBO(アイボ)」。06年に事業から撤退し、アイボに携わった人材や技術はグループ内に散らばった。
この埋没した資産に平井は目を付けた。ここ数年、世間ではロボットやAIの技術を使ってイノベーションを起こそうとする機運が急速に高まっている。
一方、平井は消費者との接点を重視し、改革後の成長エンジンとして「ラスト・ワン・インチ」という密接な距離感を具現化できる製品を模索していた。「消費者とインタラクション(交流)する商品が、人の感情に寄り添えるロボットのようなものなら、ソニーらしいのではないか」。
16年4月、平井は新規事業を育成する組織を新設。ロボット・AIを軸に据えた。「ロボットやAIの資産を活用し、商品やサービスを展開できる要素は社内の至る所にある。これを『ワン・ソニー』の視点で集めてビジネスにしないでどうする」。いつも冷静な平井が社内に檄を飛ばした。
この思いに応えたのが、ソニーのロボット・AI技術を支えるソニーコンピュータサイエンス研究所(東京都品川区)だ。所長の北野宏明は「エネルギーや農業といった分野で事業の可能性を探っている」と話す。消費者向けだけでなく、物流や介護施設などBツーB(企業間)領域へも積極的に広げる構えだ。
16年は100億円規模のファンドも設立した。AIベンチャーの米コジタイへ出資するなど、外部の技術も取り込み始めた。18年度からの次期中期経営計画では、ロボットやAIに関し新たな戦略を示す方針だ。
平井は規模を追わずに収益性や付加価値を重視した体制を作り、戦い方を変えてきた。一方でプレイステーションやアイボに代表されるように、かつてのソニーらしさを想起させる戦略も目立つ。再び、世界が“ワオ!”と驚くような製品は生まれるのか。平井流のソニーは、まだ進化の途上にある。(敬称略)
(文=政年佐貴恵)
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日刊工業新聞2017年2/1/2/3日