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リンダ・グラットン教授が語る「100歳社会へのライフ・シフト」

《富士通 経営者フォーラム》 経営者が今、なすべきことは何か
リンダ・グラットン教授が語る「100歳社会へのライフ・シフト」

リンダ・グラットン教授


人の知と人工知能の知は、何が違うのか


 野中名誉教授は、「人工知能で生み出される知は、普遍的なものを抽出して形式化されたもの」だと説明しました。そして、「人工知能は人間の創造性を高めるものであって、人間とヒューマンセントリックな形でコラボレーションさせて、大いに活用するべき」と唱えます。同時に、「人間にしかできないことがある」と指摘しました。

 「私たちの過去・現在・未来も含めて一人一人がこういう生き方をしたいというクオリア(感覚・質感)を持つことや、人生の中の一瞬一瞬の経験において、自分の全人格(whole person)をかけて獲得している知というのは、客観的なITで実現することは難しい。人が目的を示し、ITを徹底的に活用することが重要」だと、野中名誉教授は主張します。

 例えば、GEは徹底的にIoTを活用する戦略に経営の舵を切ったと同時に、企業のミッションをGE Beliefs(想い)に変更しました。想いや目的意識を持って徹底的にIoTを使い、自分の思いを実現するためにIoTがあるというコラボレーションを実現しています。「代替するのではなく、人の創造性を強化する、そのような補完的な関係が重要」だと指摘します。
パネルディスカッションの様子


人工知能やロボットは脅威なのか


 これに対して、グラットン教授は、「この会話は人工知能と人間についてのまさに最先端の議論」と評した上で、「欧米では脅威論が先に来ています」と紹介しました。2年前のダボス世界経済フォーラムのパネル後のメディアとのインタビューで、「ロボットが人間を置き換えるのかという点に関して人間がもたらす本質的な価値は何であるのかについて議論をしたという話をしたところ、ロボットが人間を破壊するというタイトルで記事になってしまいました」と語ります。

 「ここには、人々が本当に懸念していることが浮き彫りになっています。人間がより優れたところは何なのか、何ができるのかというところが十分に認識されていないのです」と指摘します。

  例えば、アメリカで自動運転が非常に問題になっています。普及していくと、今現在、運転手をしている何百万もの人の仕事がなくなってしまうということに繋がります。非常に深いレベルで多くの方々が不安に感じているということは、軽視してはいけません。「自分の仕事がどうなってしまうのか、という懸念に私たちはまだ答え切れていないのです」と述べました。

 欧米よりも日本においてより前向きな見方が多いことに関して、松本氏は個人的な意見とことわりながら、「日本人は決して楽観論者ということではなくて、社会に貢献するというベースを共有していて、新しい技術をそのために利用しようという意識があるのではないか」とコメントします。

 さらに、日本人は「ロボットなどに対して性善説を持っているのかもしれない」と指摘しました。鉄腕アトムや鉄人28号の例を挙げて、「日本人にとってロボットは、昔からフレンドリーなものでした」と語ります。その上で、科学技術の結果というものに対する様々な警鐘が日本でも上がっている中で、最も重要な点は、「人間が何を目的に、技術を活用するのかをしっかり議論するべきです」と述べました。

 以前にも、このような脅威を人は経験してきましたが、昔はテクノロジーの進歩のスピードがゆっくりしていたので、人がその仕事を変えるための再教育に十分な時間を取ることができました。

 しかし、今では、技術がもう日進月歩で変わっていて、自動走行車もそろそろ実用化されようとしています。そうなった時にそのインパクトをどう社会が、企業が受け止められるかというところに、企業経営者や研究者が取り組む必要があります。

人と人工知能が共生・共創する社会に向かって


 セッションのクロージングにあたって、野中名誉教授は、次のように指摘しました。「従来の脳科学では、脳がすべての指令を発しているという考えでしたが、最近の研究で身体と心は分離できないということが分かってきました。

 つまり、身体化された心というものです。脳は直接、外界を検知することはできません。我々は五感の中で直感的に微細な変化に気づくことができます。これらの直感と暗黙知、形式知をシンセシス(綜合)することによって、コンセプトを創り出し、ものすごい創造性を発揮することができます。このような人間の知を、人工知能のようなITがオーグメント(補完・強化)するべきなのです」。

 グラットン教授は、「日本は人工知能やロボット技術で世界の最先端にいます。富士通のようなIT企業が、どのようにテクノロジーを活用し、どのような未来になっていくのかというストーリーを現実的に描き出していくことが大切です」と述べました。

 これを受けて、松本氏は「人を幸せにするようなテクノロジーの活用方法を提示していくことが、富士通の使命だと考えています。人工知能が人間に近づいている今、我々、人間が機械よりもっともっと人間らしくならなくてはいけないと思いました」と語り、セッションを締めくくりました。


 
2016年12月5日 公開
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
今回の議論を前にして頭に浮かんだのは「長寿リスク」という言葉です。第一生命ホールディングスの斎藤勝利会長は「世界有数の長寿国である日本では、本来喜ばしいことである長寿を手放しでは喜べないのが現状」と指摘し、社会保障制度改革を急ぐよう警鐘を鳴らしています。「100歳社会」に挑むには、税や社会保障制度改革はもとより、働き方改革、テクノロジーの活用などさまざまなアプローチがあることを実感させられます。

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