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上司と部下のコミュニケーションに使える“アート”で観察力を鍛える技法

<情報工場 「読学」のススメ#20>『観察力を磨く 名画読解』(エイミー・E・ハーマン 著)

主観を極力排して物事を捉え伝達するスキルが重要


 「知覚の技法」の最大のコツは「主観を入れない」ことなのだろう。自分の目に見えるものだけをそのまま捉える。たとえば絵画でも写真でもいいが、次のように描写したとする。
「孤独な女性がコーヒーショップで大理石のテーブルについている」
この一文が「主観だらけ」なのがお分かりいただけるだろうか。

 まず、女性はいいとして(厳密にいえば見た目だけで性別はわからないのだが)、彼女が「孤独」かどうかはわからない。場所も、たとえ彼女がコーヒーカップを手にしていたとしても、コーヒーショップかどうかはわからない。テーブルが大理石かどうかも絵や写真からは判断できない。できる限り主観を排して描写するなら、次のようになる。
「口を閉じて視線を落とした女性が、カップを手にして、天板が白いテーブルに向かって座っている」

 「知覚の技法」には、観察して分析・推理するだけでなく、それを他者に伝えるメソッドも含まれている。「伝言ゲーム」を思い出してほしい。伝言ゲームでアンカーにまったく違う情報が伝わってしまうのは、たいてい途中の人たちが説明に主観を入れるからだ。さらに言えば、そもそも最初の人が主観を入れてしまえば、それが間違っていたとすると正しい情報が伝わりようがない。

 ビジネスの伝達・報告でも、伝える方はできるだけ主観を入れないのが望ましい。入れるとしても、しっかりと客観的事実と区別して伝えるべきだ。主観を入れるのは最終的に判断する人間だけにするべきなのだ。客観的に物事を捉え、細部にまで目を配ることができ、しかもそれを正確に伝えられれば、多くの人から信頼されるはずだ。

一人よりも複数でディスカッション


 「知覚の技法」は一人で行うよりも、セミナーなどで複数の人とディスカッションしながら実践するのが望ましい。たくさんの観察者がいれば、視点の数、気づく点も多くなるし、話し合うことで新たな発見が生まれやすいからだ。

 複数の視点を取り入れるという意味では、究極的には「目の見えない人」の「見方」も学んでみるのはどうだろう。伊藤亜紗著『目の見えない人は世界をどう見えているのか』(光文社新書)には、目の見えない人が視覚以外を頼りに、物事をどのように“見て”いるかが説明されている。目の見えない人は、一つの「視点」から見ることをしないために、モノを三次元と認識する、といった興味深い知見が得られる。

 さらに、絵画に何が描かれているかを、目の見えない人に説明するつもりになれば、客観的事実を伝達するスキルが向上するのではないだろうか。

 「知覚の技法」を基礎に、視点を深く(細かく)集中させると同時に、限りなく広げていくことで、脳の働きを活性化させられる。工夫しながら試してみてはどうだろう。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
                       

『観察力を磨く 名画読解』
エイミー・E・ハーマン 著
岡本 由香子 訳
早川書房
368p 2,500円(税別)
ニュースイッチオリジナル
冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
この『観察力を磨く名画読解』の実践方法は上司と部下のコミュニケーションにも使えそうだ。部下を持つビジネスパーソンは、自分が当たり前だと思っていることがなかなか部下に伝わらないということに直面すると、「この部下は理解力が悪い」と判断してしまいがちだ。その際に、自分が当たり前だと思っていることは主観だと意識して、「目の見えない人」に説明するつもりになって伝えてみると部下から意外な良い反応が得られるかもしれない。 一方、部下も、上司の言っていることがわからないというときに、「上司は自分の見えていないことも見えているのかもしれない」と意識して話を聞いてみると、新たな質問などが浮かんできて、結果、納得しないまま仕事を進めることが減るかもしれない。聞くは易し、行うは難しかもしれませんが…。

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