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M&Aの名手、ソフトバンクはどのように変革を遂げたのか。過去の事例を洗い出し

ARMは現在の事業からは一見遠いものの、また新たな驚きのネタを仕込んでくれている?

めたりっくの買収が通信事業への始まり


 ソフトバンクが今の通信会社としての歩みを始めた最初のM&Aが、ADSL事業者の東京めたりっく通信の買収である。ほぼ同時期にヤフーを通じて個人向けADSL事業に参入している。

 この決断が、後の巨額赤字の一因となるが、これはヤフーをはじめとするインターネット関連企業の株式含み益に支えられ、通信会社としての地歩を固めていく。また今となっては米スプリント買収で影が薄いが、このあと固定電話の日本テレコムを買収しており、今や日本を代表する携帯電話キャリアとなったソフトバンクは、固定電話会社の買収から通信事業をスタートさせているのである。

 スプリントの買収により、ソフトバンクは世界最大級の「モバイル・インターネット・カンパニー」としての事業基盤を確立している。ソフトバンクとスプリントを合計した顧客基盤は、日米市場で最大規模である。

 ソフトバンクのスマートフォンおよび次世代モバイルネットワークに関する知見、また既存の大手が存在する成熟した市場において競合してきた経験は、米国市場におけるスプリントの競争力強化に活用することが可能であり、シナジー効果も大きい。さらにスプリントとしてもソフトバンクの傘下に入ることは、モバイルネットワークの強化、戦略的投資の実行、バランスシートの改善など、今後の成長を見越した経営基盤強化のための資金調達が可能となる。

財務は大きく攻める時期と凪の時期が交互に


  スプリント以降のM&Aでは、スーパーセルとブライトスターに触れておきたい。スーパーセルは、フィンランドに拠点を置き、モバイル端末向けのゲーム事業を展開している。ソフトバンクとガンホーの戦略的なパートナーシップの下、「The first truly global games company」という目標に向かって成長を加速させるとしている。

 13年より傘下に入ったガンホーは、02年よりオンラインゲーム事業を展開し、開発・継続的な運営に関する実績と豊かなノウハウを蓄積している。そこにスーパーセルが加わったことにより、世界100カ国以上に向け事業展開を行う海外マーケティング力と、「App Store」のゲームカテゴリにおけるポジショニングを生かし、世界展開を強化するとしている。

  一方の米ブライトスターは、移動体通信分野に特化した世界最大規模の卸売会社である。携帯端末メーカーやキャリア、小売業者など、移動体通信分野の主要企業に対して多彩なサービスを提供している。その主な提供サービスは、携帯端末やアクセサリー類の卸売り、携帯端末の物流・在庫管理、携帯端末に関わる保険、買戻し、下取り、マルチチャンネル販売およびエンドユーザー向けファイナンスなどである。

 現在、世界50カ国以上に拠点を構え、125カ国でサービスを提供している。スプリントの買収により、事業基盤を日本からアメリカへと拡大させたソフトバンクは、ブライトスターの買収により、携帯端末の調達規模を拡大し、日米において競争力をさらに高めていくとしている。

強力なリーダーシップを発揮する孫氏


 こういった積極的なM&Aで、ソフトバンクの14年3月期の自己資本比率は11.6%、15年3月期で13.5%となっている。96年3月期で約6,000億円であった総資産が14年3月期には16兆円(うち、のれん1兆5,396億円、無形資産6兆1,777億円)、15年3月期には21兆円(うち、のれん1兆6,633億円、無形資産6兆9,035億円)に膨れ上がっている。

 これに対して純資産は、96年3月期が1,200億円だったものが14年3月期には2兆8,300円、15年3月期には3兆8,530億円となっている。これは、M&Aのための金融機関などからの借入を積極的に行っていることが要因として挙げられる(有利子負債残高は、14年3月期で9兆1,700億円、15年3月期で11兆6,000億円)。ここから、大きなリスクを取ってM&A戦略を実行している姿が浮かび上がってくる。言わば、会社全体に巨大なレバレッジ効果を効かせた経営ともいえる。

  しかし、歴史をひも解くと、ソフトバンクの財務は大きく攻める時期と、凪の時期が交互に訪れている。下図はソフトバンクの自己資本比率の推移である。過去20年の間に40%にも達していた安定期もあった一方、攻めに転じている時期では自己資本比率は10%にまで低下している。

 現在はまた10%代前半に落ちており、攻めの時期であるともいえる。もっとも、現在はヤフーやアリババと言った巨大な含み益があるため、時価ベースに引き直した自己資本比率は、もっと高い水準にあると考えるのが妥当である。

 M&Aにより大幅な成長を果たした企業の特徴の一つとして、マネジメントの強力な「リーダーシップ」がある。ソフトバンクには言うまでもなく孫正義氏がいるが、氏のリーダーシップは日本有数のものだ。また、同社は買い一辺倒ではなく、撤退も上手に行っている。特にテレビ朝日の件では、周囲の抵抗が大きいと知るや、1年もたたないうちに朝日新聞社に売却している。M&Aでは攻めるだけでなく、撤退の巧みさもまた必要である。

 また、同社のM&Aというと個々の大型案件に目を奪われがちだが、一つ一つの案件を見ているだけでは本質を見誤る。ヤフーへの出資が通信事業者としての地歩を固めることにつながり、それがボーダフォン買収を呼び込み、アリババへの出資が膨大な含み益を生み、それが米Sprint買収につながっている。こうしてそれぞれは関連し合い、先々の事業へとつながっているのである。
M&A Onlineアーカイブ2015年07月15日
石塚辰八
石塚辰八 Ishizuka Tatsuya
かつて競争力のある価格でADSL接続サービスを提供しなが、連日サポートセンターはつながらず、、など、ある時は消費者を巻き込みながら社会現象をつくりだしてきた企業、ソフトバンクにはそんな印象を持っています。自分に迷惑が降りかかるのは困りますが、もっともっと暴れてほしい、そんな気持ちもどこかにあります。そして今回手に入れたARM。現在の事業からは一見遠いものの、また新たな驚きのネタを仕込んでくれているようでワクワクもしています。

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