東北大学が“スポンジ”補填材を実用化…30年の悲願、ヒト臨床へ
東北大学が30年以上研究してきたリン酸八カルシウム(OCP)が骨補填材料として実用化した。医療材料は研究者が物質を見つけてから企業での製造プロセスの構築、医療現場での臨床効果の実証などと、社会実装に向け細く長い道を歩む。材料研究者だけでは踏破できず、産学連携は必須になる。OCPは動物実験で骨再生機能が認められている。製品化され、ヒトでの臨床研究が始まる。材料駆動の再生医療が立ち上がる。(小寺貴之)
「現在は自家骨移植が治療法選択のゴールドスタンダートになっている。自分の骨を採るため侵襲性が高い。人工骨で置き換えたい」と東北大の鈴木治教授は力を込める。OCPを用いた吸収性骨再生用材料が承認され、ニプロが製品名「ブリクタ」として発売した。ゼラチンで網目構造を作り、内部にOCPを取り込ませてスポンジのような弾力のある補填材を実現した。
整形外科手術では患部を切り開いて骨が欠けた隙間に補填材を詰める。東北大整形外科学分野の森優講師は「補填材をつぶして隙間に入れて放したら、膨らんで隙間に留まってほしい。硬い材料や粉末は、これができなかった」と振り返る。スポンジのように形が戻れば、隙間を埋め尽くすように詰め込める。他材と組み合わせて手術しやすくなった。
骨補填材料はブリクタを含めて30種以上が上市されている。それでも自家骨移植がベストとされるのは再生能力があるためだ。自分の骨には、骨を作るために必要な細胞や成長因子が含まれており、修復が早い。
OCPは骨を作る骨芽細胞を活性化し、骨を吸収する破骨細胞への分化誘導を促す効果が動物実験で確認されている。古い骨を吸収して新しい骨を作る。この両方に働きかけられる材料になる。補填材としてのOCPは吸収されてなくなるが、周囲に作用して骨を再生すると期待される。この効果を臨床研究で確かめる。森講師は「大学病院で臨床が始まった。まずは優越性を確かめ、適応拡大を目指したい」という。
OCPの生産面では日揮グループの日本ファインセラミックス(仙台市泉区)がブレークスルーを起こした。カルシウム塩溶液とリン酸塩溶液を流路の中で混ぜてOCPを析出させる。その上でOCPの結晶が詰まらないように排出し続ける。従来は1度の合成で数グラムが限界だったが、1時間で170グラムを製造できるようになった。
連続生産するため品質は安定する。170グラムはゼラチンと複合化した補填材に換算すると1700立方センチメートルに相当する。同社の細谷敬三技術顧問は「世界中の需要量を1社で供給できてしまう」と苦笑いする。
鈴木教授がOCPの骨再生能を発見したのが1991年。産学連携で量産法を整え、製品化を経て30年越しの臨床研究が始まる。森講師は「細胞でなく、合成材料で再生医療ができたら面白い」と目を細める。骨は再生の経過を非侵襲的に観察でき、データを集めやすい。新しい医学体系を創る挑戦が始まる。