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大学発ベンチャーに新たな支援法、国立大「認定ファンド」が生み出す効果

大学発ベンチャーに新たな支援法、国立大「認定ファンド」が生み出す効果

みらい創造機構と東工大は、投資以外にVBイベントなどにも力を入れる

国の認定を受けたベンチャーファンドに対して国立大学が出資する「認定ファンド」が三つ、動き出している。東京農工大学と東京工業大学は既存のベンチャーキャピタル(VC)と連携し、各社の2号ファンドで認定を受けた。金沢大学は100%子会社、ファンドの両方の創設で出資した。政府の後押しで大学発ベンチャー(VB)支援が全国で盛り上がる中で、この手法でどのような効果が期待されるのかをみる。 (編集委員・山本佳世子)

※自社作成

多様な形で本気度示す

国立大学のVCやファンドへの出資の可能性は近年、少しずつ広げられてきた。今回の仕組みの中心は2022年4月から規制緩和で可能になった。最初の例は東京農工大(TUAT)がBPキャピタル(東京都中央区)などと組んで23年1月に設立した「TUATファンド」だ。

2番手の金沢大はまず、VC子会社のビジョンインキュベイト(VI、金沢市)を8月に設立。ファンドは11月に立ち上がった。東工大は12月に、産学共創で密接に連携してきたみらい創造機構(東京都港区)の二つ目のファンドへ出資した。

国立大関連ファンドはすでに各地で多様な形がある。資金の関わりはなく国立大の技術シーズが投資主対象だったり、産学連携の子会社を通じた孫会社VCだったりする。3大学は国からVC・ファンドの認定、そこへの出資の認可を得るハードルにあえて臨んだ。

それは「ファンド出資は、本気で取り組むという重要な意思表示だからだ」とVIの永平広則取締役は強調する。金額の多寡によらず、地銀など連携企業の身を乗り出させる効果がある。そのため「相談は数大学からあり、次の事例がまもなく出てくる」(文科省の産業連携・地域振興課)状況だという。

   

金沢大×VI研究者 目線のVCが重要に

「『赤字になったらどうするつもりか』『本当にできるのか』など後ろ向きな反応が学内外で多くあった」。VIの松本邦夫社長はこう振り返る。松本社長は再生医療の大学発VBで上場したクリングルファーマの創業メンバーの一人。金沢大の特任教授と副学長を務める。

VC社長が金融業界出身者でない点に不安を持つ人は多い。しかし技術シーズを持つ研究者と同じ目線で夢を語り、志を一つにして伴走するVCが重要だ、と同社はみる。

このほど起業前から支援する自動運転の同大発VB、ムービーズ(金沢市)が設立2カ月で、経済産業省の資金約2億円を獲得した。「大手VCには『我々が出資できるようになるまで、VBをしっかり育ててください』と声をかけられる」(松本社長)。社名の“ビジョン(夢)をインキュベートする(形にする)”熱い思いは誰にも負けない。

東京農工大×BPキャピタル30億円規模狙う

東京農工大の千葉一裕学長は自身の研究成果で大学発VBを立ち上げ、M&A(合併・買収)の出口につなげた経験とネットワークに独自のものがある。同大が投資するTUATファンドの投資業務を行う無限責任組合員(GP)には、BPキャピタルを選んだ。

※自社作成

同社は石川県能登地方を対象とした1号ファンドを震災前から手がけ、ここでのパートナー企業を、2号となるTUATファンドの有限責任組合員(LP)に呼び入れた。その後、LPを東京農工大の地元の西武信用金庫や京王電鉄に拡大。ファンド規模は、年内目標30億円に向けて動く。

これまでに音響誘起電磁法(ASEM法)による非侵襲の診断機器や非破壊検査機器を開発する「ASEMtech」(エイセムテック)など、3件ほどの同大発VBに投資を実施。

浜田智執行役員は「多摩地域の国立大学である電気通信大学などの技術も対象に、年約5件の投資を進めたい」としている。

 

東工大×みらい創造機構投資先データで情報交換

ベンチャー投資経験を積んだ東京工業大学卒業生らが創業したVC、みらい創造機構。同大との連携協定に加え、約42億円の同社2号ファンドに同大が1億円を出資したのを機に関係を深めた。

本社を24年2月に同大の田町キャンパス(東京都港区)へ移転。「ここには経営人材育成の同大の技術経営(MOT)課程がある。投資先VBとも、いよいよ一緒の施設で活動となる」と金子大介取締役は相乗効果が楽しみだ。イベントでオンラインを含め500人弱が集まるなど幸先がよい。

「大学がファンド出資者になったことで、今まで以上に情報交換ができるようになった」というのは同大の進士千尋特任教授だ。連携協定だけでは目にできなかった、同大発VBの営業や経営の数字データなどを、ファンド出資者として把握できるよさを実感している。

日刊工業新聞 2024年08月22日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
今回、「せっかく3大学を取材するのだから、各ファンドのいきさつの違いや時期をしっかり把握しよう」と当初は、張り切っていました。ですが、思っていた以上に複雑でびっくりしました。ポイントだと考えた日付けは、VC(会社)とファンド(1号、2号などある)の設立、文科省からの認可・認定、大学からの出資、記者発表…と、通常の取材案件より多くて混乱しました。取材だけでもそうなのですから、「大学の本気度を示すためにも、認定ファンドを手がける」という決断の大変さを実感しました。

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