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国産LLM開発・ビヨンド5G標準化…情通機構理事長が語る現在地と展望

情報通信研究機構は第5期中長期計画の折り返し地点を越えた。2024年の元旦に発災した能登半島地震の被害情報収集に対応しながら国産の大規模言語モデル(LLM)を開発した。いずれも中計になかった大仕事をやりきった形だ。研究開発は順調だが、新しい業務の人材不足に悩んでいる。徳田英幸理事長に展望を聞いた。

-23年度の総括は。
 「研究開発は順調だ。日本とドイツの連携プロジェクトをスタートできた。ビヨンド5G(第5世代通信〈5G〉の次の世代の通信技術)の基盤技術を開発する。通信技術は一つの国だけではなし得ない。各国との競争と協調を進めていく。標準化も進展があった。国際電気通信連合無線通信部門(ITUーR)のIMT2030のフレームワークがまとまり、技術性能要件の策定に進んでいる。焦点は低軌道衛星や高高度無人機(HAPS)などの非地上系ネットワーク(NTN)で、国際的な合意ができたことが大きい。実際には国によって姿勢は異なり、5Gがマネタイズできていないのに何をやるのかという国もある。我々は2030年に向けて手を打つべきと推進してきた。重要技術や標準を押さえる機会としたい」

-HAPSは商売になりますか。
 「ビジネスは始まっている。すでに国際会議などでは実際にデモをしていて体験できる。日本企業も本気だ。HAPSだけでなく、低軌道衛星もある。私は月面と地球も通信できるべきだと考える。いかに早くプロトタイプを作り、データを示して技術要件を詰めるかが重要だ」

「量子情報通信では国際宇宙ステーション(ISS)と地上の量子暗号通信を進めている。まずはトラック式の移動地上局とISSの間を光通信で秘密鍵を共有した。量子鍵配送ができれば光ファイバー通信の距離制約を克服できる。大陸間で鍵配送ができると金融サービスやナショナルセキュリティーの向上につながる」

-国産LLMの開発動向は。
 「この1年でパラメーター数が130億、400億、1790億、2340億、3110億のモデルを開発してきた。重要なのは二つだ。最大級の日本語データセットを持っていることと、十分なグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)の計算資源を備えていたことだ。海外のLLMは学習データに含まれる日本語は1%未満や数%と少ない。日本語が多いと日本語文化に根ざした対話が可能になる。またLLMは学習途中でよく止まる。計算資源とエンジニアリングのノウハウの両方を持っていたため開発できた。このチームは能登半島地震の対応にも当たった。災害状況要約システム『DーSUMM』を稼働させてX(旧ツイッター)のつぶやきから災害に関わる情報を自動収集した。LLMも地震対応も中長期計画にはなかったものだ。文句なしでS評価が付く」

-能登半島地震ではフェイク情報が急増しました。
 「同じ問題をLLMも抱えている。フェイクを学べばフェイク、ヘイトを学べばヘイトが出てきてしまう。誤った情報や差別的な出力をしないセーフガード機能が重要だ。我々の翻訳AIは31言語に対応することが強みだが、少数言語の不適切な生成をどう防ぐかが課題になっている。わかりやすい例では英語のスラングで『キック・ザ・バケット』をバケツを蹴ると翻訳してしまう。西部劇で出てくるが、罪人の足元のバケツを蹴って絞首刑にしたことからきていて『死ぬ』という意味だ。こうした翻訳は文化的な背景を備えていないと変換できない。LLMは言語の壁は越えられる。文化の壁をどうするか。データの多い英語はどうにかなるが、データの少ない少数言語をどうするか。そして少数言語のヘイトをどう抑えるか。頭の痛い問題だ。セーフガードは言語ごとに作る必要がある。少数言語は市場原理に任せていても投資効果が低くアプリケーションが開発されないという問題がある。アカデミアの力が求められるテーマだ」

-AIは国際的にルール検討が進んでいます。
 「日本では情報処理推進機構(IPA)にAIセーフティ・インスティテュート(AISI)が設立された。官民多国間組織『GPAI』の東京センターも設立される。国の機関だけでなくNGOやNPOなど多様なステークホルダーが参加して活動できる。我々も専門家を派遣して貢献していく」

-文部科学省は企業に従業員の博士号取得支援を促すなど、博士人材の3倍増を掲げています。
 「我々も修士卒採用を広げている。国研は博士採用が中心だった。ただ博士課程への進学率は減っており、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)で育成する必要がある。そこでリサーチ・アシスタント(RA)に研究費を提供する制度を始めた。予算は50万円と300万円の研究者枠に比べると少額だが、自分のやりたい研究に挑戦できるようになる。研究を指導するメンターを配置し、計算資源やデータなどの研究環境を利用できる。国研で働きながらの博士号取得を後押ししていく」

-博士人材は管理業務を担うリサーチ・アドミニストレーターなど、研究者以外の職でも活躍が期待されています。情通機構は管理業務の人材不足が懸案でした。
 「基金事業が急拡大したため、他の資金配分機関も人材不足になっている。大学も同様だ。我々は研究機関と資金配分機関の両方の機能を持つため、両方が分かる人材が必要だ。もともと人口が少ないため人の取り合いが起きていて、その中でより希少な人材を探す難しさがある。そこで所内で育成を始める。理事長直下のチームで人材評価や育成プログラムを開発している。総合職と研究職から人を募る予定だ」

-資金配分機関でジョブディスクリプション(職務記述書)をそろえるなど連携して効率化できませんか。
 「スキルセットが確立し共通化できれば可能だが、簡単ではないだろう。メンバーシップ型の日本でジョブ型雇用がどこまで広がるかどうか。我々の育成プログラムも貢献できればと思う」

日刊工業新聞 2024年6月5日記事に加筆
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
研究者採用に女性枠を新設し、この4月の着任は4割が女性になった。海外からも優秀な研究者を採用できたと徳田理事長は安堵する。次は博士号取得支援などの若手の育成だ。文科省の施策で大学の博士進学率は増える可能性がある。ただ目の前の人材不足には間に合わない。難しいかじ取りが求められる。

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科学技術が産業振興や外交、経済安全保障などの武器となり、国の戦略を実行する国立研究開発法人の責任が増している。各理事長に展望を聞く。

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