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三井物産・住商・三菱商事…大手商社が産業界のDX推進、総合力生かして新サービス

三井物産・住商・三菱商事…大手商社が産業界のDX推進、総合力生かして新サービス

三井物産とKDDIの共同出資会社であるジオトラは人流データ解析で街づくり計画の策定を支援する

大手商社がデジタル技術を活用した新サービスの提供や業務改善を活発化している。社員のデジタル知見の向上と事業創出力を掛け合わせたデジタル変革(DX)や、サプライチェーン(供給網)の生産性改善など総合商社の基盤を生かした戦略で競争力を強化する。船舶設備や都市計画、鋼材流通など対象となる領域は多岐にわたり、さまざまな企業を巻き込むことで産業界のDXの推進役となりそうだ。(編集委員・田中明夫)

三井物産 専門人材100人、事業実装進む

三井物産はデジタル技術の事業実装に向けて人材育成に力を入れている。総合商社としてビジネスの創出・運営スキルを持つ人材と高度なITスキルを持つ人材を数多く抱えるが、DX推進には両方のスキルに精通する人材が求められる。真野雄司常務執行役員デジタル総合戦略部長は「かつてはビジネス人材と技術人材で連携してDXに取り組もうとしたが、うまくかみ合わなかった」と振り返る。

※IMDの資料を参照

三井物産が感じたデジタル対応への課題は国際調査における日本企業への評価にも現れている。スイスの国際経営開発研究所(IMD)の2023年の世界デジタル競争力ランキングによると、日本は64カ国・地域中32位だった。項目別では無線ブロードバンド普及が2位となるなどインフラ関連は高評価だったが、データ活用や企業の俊敏性は最下位で人材や体制への評価は低い。

三井物産は課題解消に向けて、直近3年で全役職員を対象としたDXの基礎スキル研修や、実際にプロジェクトに取り組む専門研修などを実施。事業の中心役となれるDXビジネス人材を23年10月時点で99人認定し、24年3月までの目標としていた100人の水準に到達した。

組織体制ではデジタル部門と「現場」との緊密さを重視し、各事業部からデジタル関連の相談を受け付ける部署を設置して専門人材を配備。生成人工知能(AI)や新システムの導入といった相談内容に応じチームをすぐに結成するなどスピード感を持って対応している。真野常務執行役員は「デジタル人材に対し、事業実装して価値を創出できる場を提供することが(採用・育成した)デジタル人材のつなぎとめにも寄与している」とみる。

実際にDXによる業務改善や新事業の創出も進んでいる。ブラジル沖合の浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備(FPSO)に対しては、AIを活用した故障の予知保全システムを提供し、操業停止期間を従来比で3分の1程度に減らした。

三井物産とKDDIの共同出資会社であるGEOTRA(ジオトラ、東京都千代田区)は、スマートフォンの位置情報を使った人流解析で街づくりや災害復旧計画の策定などを支援するサービスを開発。東京都や清水建設パナソニックに提供するなど、DX機会を広く創出している。

住商  生成AI活用し投資意思決定高度化

住友商事はシステム子会社Insight Edge(インサイトエッジ、東京都千代田区)を中心に生成AIの社内業務への活用を進めている。文書作成支援など個人作業の生産性向上に加え、組織的な業務での利用に向けては米マイクロソフトの生成AIサービス「アジュール・オープンAIサービス」をカスタマイズして実証を重ねている。

24年度中には、住友商事グループの海外食品小売り店における顧客の声の分析で生成AIの実用化を計画している。問い合わせ内容の自動要約や前月との比較、業務データとの掛け合わせによる分析などを通じ、顧客理解を深めて店舗運営の改善につなげる。

※自社作成

また住友商事の事業投資判断の意思決定支援への活用も進める。同社の投融資委員会の過去の議事録を生成AIに学習させて、検討対象となる事業と類似の案件の議事録や重要論点の抽出ができるようにする。「議論中にパッと出た論点についても持ち帰らずに関連議事録をすぐに検索し、蓄積した知見を活用することで意思決定を高度化できる」(IT企画推進部の浅田和明氏)とみる。

検討事業の対象地域の地政学リスクなど、一般情報からの論点も提示することができる。社内からは過去の投資実行案件の結果など事業変遷も抽出できる機能の追加要望が出ており、システム改善を通じて意思決定支援を強化する。

三菱商事 製造・物流の改善を支援

三菱商事は鋼材のミルシートや寸法・規格などのデータの電子管理基盤を提供する(イメージ)

三菱商事は製造・流通プロセスを改善するシステムの提供で企業のDXを支援している。食品流通向けにはAIを活用した需要予測により在庫を最適化できるシステムを展開する。23年には鉄鋼流通に対し、鋼材検査証明書(ミルシート)の電子管理プラットフォーム(基盤)の提供を本格的に開始した。三菱商事が持つ産業ネットワークでの企業接点を生かして、業務効率化を広く後押しする。

ミルシートの電子管理基盤では、鉄鋼メーカーから1次・2次流通へとまたがるサプライチェーンで引き継がれる履歴管理(トレーサビリティー)のための鋼材情報を効率的に引き継ぐことができる。従来は紙媒体などで受け渡しされていたミルシートの管理を電子化し、流通業者のコスト削減に寄与する。ミルシート取扱量が月200枚の中規模建材問屋での実証では、作業時間を年間1260時間削減できたという。

※自社作成

また三菱商事はこのほど、米国のスタートアップのシンクIQと資本提携し、製造業に対して工場の生産データを収集・可視化できるシステムの提供を始めた。

さまざまなメーカーの設備から関連性の高いデータを抽出する機能を提供し、生産課題の因果関係の分析を通じて歩留まり改善や受発注の最適化などを推進する。

三菱商事は製造や流通の企業向けに展開しているそれぞれのシステム間での相乗効果の発揮も狙う。「供給網の上流から下流に至るデータの可視化や業務の効率化につなげていく」(野平龍邦産業素材DX部総括マネージャー)とし、広く企業のDXを推進する。

日刊工業新聞 2024年03月07日

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