超硬工具を素材から一貫生産 顧客ニーズに追随し 小物部品加工向けに注力
三菱マテリアルで超硬工具の開発・製造を行う加工事業カンパニーは、自動車や航空機、医療機器など、さまざまな分野向けに製品を提供している。その国内製造拠点の1 つである筑波製作所(茨城県常総市)は主力のインサートを素材から一貫生産。さらに、マザー工場として製品を安定供給するための生産技術や生産システムの構築も担っている。同製作所の開発部門では、「工具形状」と「材料・コーティング」を担当する部署が連携してインサート工具の開発を行う。加工する部品の小型化や高精度化が進む中、インサート工具にも従来以上の小型化や精度が求められ、コスト削減のための高能率加工や長寿命のニーズも高まっている。高度化する要望に向き合う3 人の開発担当者に、インサート工具開発への思いを聞いた。
─工具メーカーとしての御社の強みを教えてください
渡辺 当社の強みは超硬素材から製品までを一貫生産できる点です。これにより品質や製品開発、安定供給の面で優位性を発揮できます。たとえばインサートであれば、粉末材料を混ぜ合わせて金型でプレスし、焼結、加工するという一連の流れの各工程で品質管理を行うことにより品質を保証します。また、超硬素材やコーティングに関しては、当社のイノベーションセンター(茨城県那珂市)で基礎研究を行っており、そこで得られた成果を新製品に落とし込むことが可能です。加えて超硬の原料であり、レアメタルの一種のタングステンは供給が不安定なことで知られていますが、当社はグループの日本新金属(大阪府豊中市)から材料を入手できるため、そうした影響を最小限にすることができます。
─工具の製造体制はどうなっていますか
渡辺 国内外に工場があり、国内は筑波製作所、岐阜製作所(岐阜県神戸町)、明石製作所(兵庫県明石市)の3 拠点で製造しています。われわれの勤務する筑波製作所では主力製品であるインサートおよび超硬素材を、岐阜製作所ではドリル、超高圧製品およびホルダ製品を、明石製作所ではエンドミルを主に製造しています。
─御社は高精度加工向けの工具を得意とされていますが、最近の顧客ニーズは?
尾上 自動車分野でEV 化や自動化が進み、それに伴って部品が小型化する傾向にあります。部品が小型化すれば工作機械も小型化し、工具も小さくなるので、その分野のニーズに注目しています。工具は小さくなるほど形状がつくりにくくなり、測定も難しくなるので、精度を落とさずにいかに小型化するかがポイントです。また、工具が小さくなる半面、お客様は加工能率を重視するようになるので、切込みや送り、切削速度といった能率に関わる条件をいかに達成するかも課題になってくると思います。
中村 小物部品加工では高精度が求められます。それに対して材種の面でも対応できるように、PVD コーテッド超硬材種「MS シリーズ」を開発しました。MS シリーズは耐溶着性に優れているのが特徴で、皮膜の種類や構成がポイントになっています。
─小物部品への対応が1 つのキーワードのようですね
渡辺 われわれが担当しているインサートでは、小型自動旋盤での小物部品加工向けの工具形状やコーティングの開発に力を入れています。EV 化で車体の軽量化や部品の小型化が進むにつれ、変速機に使われる軸物部品が小型化しつつあります。そうした小型の軸物部品を加工するために小型自動旋盤での加工が増えているからです。
解析の活用で開発期間を短縮
─筑波製作所の開発体制を教えてください
渡辺 筑波製作所には開発部が2 つあり、私と尾上が所属するインサート工具開発部は、主にインサートの形状に関する部分とインサートが取り付けられるホルダ形状を開発し、性能評価を行います。対して、中村の所属する材料開発部はインサートの材料およびコーティングの開発を担っています。
─インサートの形状開発では、どんなことに力を入れていますか
尾上 開発期間の短縮に力を入れています。お客様のニーズは、「工具寿命を延ばしたい」、「より条件を上げて効率良く加工したい」などさまざまです。それに対して、以前は実際に加工して、要求を達成できなければ「どこがダメだったのだろう」と後戻りする"トライ&エラー"を繰り返していました。これでは開発のリードタイムは長くなる一方です。そこで近年は、実際に加工する前に解析を実施するようにしています。たとえば切りくず形状が問題なのであれば、切りくず生成シミュレーションを行い、切りくず形状をあらかじめ予測することで、10 個あるインサートの形状候補を3 個に減らすことが可能です。ただ、解析はあくまで解析なので、実際の現象とは違うということを理解して活用することが重要だと思っています。
渡辺 解析ソフトは以前から保有していたのですが、精度はさほど良くありませんでした。それがこの4~5 年で一気に精度が高まったことで、形状候補の絞り込みに活用できるようになりました。試作回数が減るなど、リードタイム短縮の効果が出ています。
─切りくず生成シミュレーションでは切りくずの動きの変化を見るのでしょうか
尾上 そうです。切りくずに関するトラブルとしては、切りくずがワークの仕上げ面に当たって傷がつく、長くつながって絡まるなどが挙げられます。そのため、切りくずが意図した方向に動いているかや、切りくずのカール形状を見定め、それを実現できる刃先形状を決めていきます。
原理原則に基づいた工具開発
─材料やコーティング開発で力を入れている点は?
中村 原理原則を理解し、それに基づいた開発をすることを重視しています。たとえば性能アップという課題に対し、既存製品の何がいけないのか、どう改良すればいいのかをまずは考えます。切削中にどのような現象が起きていて、それを防ぐためにどんな膜をつくり込めばいいのかを検討するわけです。「どのような原理で現象が起こっていて、それに対してどうアプローチすればいいのか」を原点として考えることは、すべての開発に共通すると思っています。また、コーティングの場合、炉の中で何が起きているか理解することもモノづくりをするうえで重要になりますので、各種のプロセスシミュレーションも活用しています。実際にコーティングされたものと解析結果を突き合わせることで、炉の中で起きている現象を理解するヒントを得られるのです。
─中村さんが開発に携わった製品にはどのようなものがありますか
中村 転削加工用コーテッド超硬材種「MV シリーズ」の開発に関わりました。MV シリーズには汎用部品向けのMV1020、MV1030 や耐熱合金向けのV9005 などがあり、CVD コーティングの中でも量産が難しいアルミチタンナイトライドというコーティング層を採用しています。開発当初はコーティングの生産性が低いという課題がありました。この範囲を広げていく開発に携わる中で、量産性を確保することの重要性やコスト意識をもつことを学ぶことができました。
─渡辺さんや尾上さんが担当する形状開発での事例を教えてください
渡辺 ミーリング用では、正面フライスカッタ「WSX445」があります。これはインサートの両面化に舵を切った製品として印象に残っています。また、旋削用では溝入れ工具「GY シリーズ」のバリエーションを増やす展開設計に力を入れています。
─両面化するうえで大変なことは?
尾上 片面仕様から両面仕様にすると切れ刃がワークに当たる角度が変わってくるので、片面インサートの切れ味を両面インサートでどう維持するのか苦労します。両面仕様は形状が非常に複雑になるので製造も難しくなります。たとえばインサートの厚みを揃えるのに、片面仕様なら反対側を研磨すれば精度良くつくれますが、両面仕様だと反対側にも切れ刃があるのでその方法は使えません。さらに、複雑な形状になるほど焼結時の変形が顕著になります。
─ GY シリーズはどんなニーズに対応してバリエーションを広げているのですか
渡辺 お客様からの要望が多いのは高精度化です。従来の溝入れ工具は、どちらかと言えば荒加工・中荒加工で使われていましたが、最近は初めから精度の良い溝入れをしたい、突っ切った後の面をきれいにしたいという需要が高まっています。あとは、切りくずトラブルをなくすために、切りくずを分断するブレーカの形状展開にも取り組んでいます。
挑戦する姿勢や方向性の見極めを重視
─インサート開発にあたって重視していることを教えてください
尾上 「なんでもやってみよう」という気持ちを強くもつようにしています。もちろん、開発にはコストや納期の制限があるので本当になんでもできるわけではありませんが、たとえば特許出願の可能性があるならトライしてみるなど、自分が気になったことは実行するようにしています。それと絡めて、現場・現物・現実を重視する「三現主 義」を意識しています。コロナ禍が明け、制限がなくなったので、ユーザーの加工現場にも積極的に足を運んでいます。特にお客様の現場は、職場にいたのではわからない真のニーズに気づくきっかけになりますし、「この製品はいいよ」と声をかけてもらえると本当に励みになります。
中村 「材種開発はこれからどういう方向へ進んでいくべきか」を考えることが重要だと思っています。今後のトレンドや需要の方向を把握し、それに対して当社の強みをどう活かせるかを考えながら、材種開発を進めていく。そのためには、営業担当者から得られる個々のユーザーの声だけでなく、より広い視野で需要を見定める必要があります。
─ベテランの渡辺さんから見て、開発業務に変化はありますか
渡辺 先ほど話に出たように、解析ツールの活用が進んできたことが1 つ。それとは別に、「開発担当者はオールマイティに業務をこなさなければならない」という考えが浸透してきたように感じます。かつては、開発は開発、製造は製造と業務がはっきり分かれていましたが、近年は開発担当者が当然のように製造に携わり、出来上がった工具が仕様通りにできているかを測定して確認するところまで担当しています。
難削材加工、「脱・クランプねじ」に注目
─若手の2 人は、これからどんな工具が求められると考えますか
中村 コロナ禍で一時需要が落ち込んでいた航空機業界が回復してきたことで、難削材加工の需要が増えると予想されます。この難削材加工を高能率に加工できる工具が求められると思います。
尾上 若手の間で話題になるのは「脱・クランプねじ」のインサートですね。インサートを設計・製造するうえでクランプねじの役割は大きい反面、ねじに起因するトラブルも多いです。また、ねじをなくした画期的な脱着機構は自動化にも有効です。夢のような話ですが、新しい製造手法がどんどん実用化されてきているので、考えるのをやめなければいつか実現できるのではと思っています。
─魅力ある製品を開発していくために、開発者としてどんな姿勢で取り組みますか
中村 世の中の動向と自社の強みを見極める俯瞰した見方と、加工で何が起きているのかを知るための踏み込んだ見方、こうしたいろいろな見方を使い分けながら業務に取り組んでいきます。
尾上 常に疑問をもち、「なぜこの数字、形状なのか?」を1 つひとつ確かめながら開発していく姿勢を大事にしたいです。
渡辺 年下のメンバーを指導する立場になった今になって思うのは、自分が若いときにそうだったように、楽しく業務に取り組んでほしいということです。楽しいといいアイデアが出て、挑戦する意欲も生まれる。若手が自分の開発テーマに興味をもって楽しく取り組めるような、環境づくりに力を尽くしたいと思っています。