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中小M&A活発化…政策充実も、増えるトラブル

中小M&A活発化…政策充実も、増えるトラブル

無垢スタイルGはワイグッドHD傘下に入った。株売却の契約締結式で新たな門出を祝った(無垢スタイルGを売却した西田氏〈左〉とワイグッドHDの横尾代表取締役)

中小企業のM&A(合併・買収)が活発化してきた。経済産業省・中小企業庁は中小の事業承継や規模拡大を進める上で、M&Aを重要手段と位置付けており、税制を拡充したり、関連ファンドに出資したりと促進策を充実させる。政策の充実を背景にM&A仲介業者の数は増加傾向にあり、官民で環境が整ってきた。一方、M&A契約過程でのトラブルも増えている。中小M&Aを広げるには、仲介業者の質向上も必要になる。(小林健人)

企業庁、相次ぎ支援策 税制拡充・ファンド出資

「今までありがとうございました。今後は形を変えてよろしくお願いいたします」。2023年11月、M&A仲介大手の日本M&Aセンターの都内オフィス。住宅関連事業を手がけるワイグッドホールディングス(HD、埼玉県本庄市)が、同業の無垢スタイルグループ(同さいたま市)の全株式を取得する契約の締結式が開かれた。ノンアルコールのシャンパンで乾杯し両者でプレゼントを贈り合う。門出を祝う様はさながら結婚式披露宴だ。

無垢スタイルグループで代表を務め、売却した西田光吉氏は「私では売上高50億円の壁を超えられないと感じた。会社を成長させるためM&Aをすることが社員にとっても良いと考えた」と売却の理由を話す。買収側のワイグッドHDはこれまで多くのM&Aを行い、規模を拡大してきた。横尾守代表取締役は「我々は社歴も長く、純資産の蓄積がある。それを生かしている」とM&Aの意図を話す。M&Aのメリットについて、「自分たちが進出していない商圏に進出し、長くやっているブランドや取引先を引き継いで事業をスタートできる点は大きい」と強調する。

企業庁によれば、25年までに70歳を超える中小・小規模事業者の経営者は約245万人おり、そのうち127万人が後継者未定としている。従来の中小M&Aは後継者がいない中小を第三者へ引き継ぐ事業承継の側面が強かった。

そうした中、近年増えてきたのが、ワイグッドHDと無垢スタイルグループの案件のような規模拡大を目的にしたM&Aだ。自社の事業領域に似た企業を買収するだけでなく、他分野を買収して多角化を図ったり他社をグループ化したりするなど、さまざまな事例が出てきた。事業規模が大きくなるだけでなく、間接部門の統合による経営合理化なども期待できる。

※自社作成

こうした流れを後押しするため、企業庁は政策を展開する。一つがM&Aによる買収価額の一部を損金算入できる税制の拡充だ。現行では買収価額の最大70%を損金算入できるが、これを最大100%に拡充する。買収する企業が増えるほど、損金算入できる割合が増える仕組みを導入し、複数回のM&Aを後押しする。

中小にとってM&Aは事業承継だけでなく、規模拡大のための有効な手段となってきた(イメージ)

また、23年度の補正予算で中小企業基盤整備機構を通じ、中小M&Aを支援するファンドに出資する。同ファンドは、多分野の企業を複数買収しグループ化する中小に資金を投じる。併せて東京中小企業投資育成や大阪中小企業投資育成、名古屋中小企業投資育成が、中小と共同出資して企業を買収するスキームも構築する。

東京、名古屋、大阪の各中小企業投資育成は、M&A実施時のリスク評価や経営統合作業(PMI)のノウハウも提供する。M&Aを行う際、障害となる資金面を支援する。企業庁の担当者は「事業承継は待ったなしの課題だ。それだけでなく、M&Aは規模拡大の側面からも有効な手段だ」と強調する。

仲介の質向上課題 ガイドライン改訂

※自社作成

中小が関係するM&Aの実施件数は右肩上がりだ。公的相談窓口としての役割も担う事業承継・引継ぎ支援センターが関わった実施件数は15年度の209件から、22年度には約8倍の1681件に増加した。

民間の支援機関による実施件数も伸びている。日本M&Aセンターの木村一喜マネージャーは「従来であれば、買収側としてM&Aを検討してきた企業が売却側に回る例が増えてきた」と話す。企業成長の手段としてM&Aが浸透し、「(取引)単価も上がってきている」(木村マネージャー)という。M&Aのアドバイスを行うKPMG FAS(東京都千代田区)にも中小や中堅企業からの相談が増えてきている。駒田純一マネージングディレクターは「地方の税理士や弁護士、地銀からの問い合わせが多い。M&A仲介以外からの意見を聞きたいという相談が多い」という。売上高が10億円以上の中小に関する案件が多く、M&Aの選択肢以外の相談にも乗る。

一方、普及に向けての課題は仲介業者とのトラブルだ。M&Aの契約は業務の範囲や手数料、秘密保持など複雑かつ多岐にわたる。仲介業者と依頼者の間では情報・知識の格差もある。

こうした背景から企業庁は23年9月に「中小M&Aガイドライン(指針)」の改訂版を公表した。仲介契約締結前に重要な事項を記載した書面を交付し、説明することを明記した。

また市場拡大で新規参入の仲介業者など関連事業者が増える中、企業庁はM&A支援の質向上も促す。M&A支援機関に人材育成や倫理観の醸成などの取り組みを求める。企業庁としてはガイドラインでM&A支援の質向上の方向性を示し、具体的な方法は自主規制団体が主体となって取り組むことを想定する。

人材育成・倫理観醸成促す

※自社作成

これを受け、M&A仲介業者で構成する団体「M&A仲介協会」は23年12月にサービス品質の向上を狙い、倫理規定や自主規制ルールを初めて策定した。会員の事業者に対し報酬基準をウェブサイトで公開するよう求めるほか、買収企業の意向を優先するなどの利益相反行為を禁止する。また、協会が実施するセミナーなどを通じて従業員のコンプライアンス教育を行うことも求める。協会が中心となって仲介業務の質を高め、中小M&A市場の活性化につなげたい考えだ。

KPMG FASの浅尾兼平ディレクターは「(大手企業を主とする)通常のM&Aであれば、アドバイザーや証券会社など役割分担がされている。中小M&Aでも、買収側、売却側のどちらかの立場でアドバイスするような役割も必要ではないか」と指摘する。

中小にとってM&Aは事業承継や規模拡大を図る上で欠かせない手段となってきた。それをブームで終わらせず健全に広げていくためには、関連プレーヤーが支援の質向上に向けた取り組みを積み重ねていくことが不可欠となる。

日刊工業新聞 2024年02月08日

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