“古典”融合、発展の時…量子コンピューター研究開発の現在地
研究方式「選択と集中」
量子コンピューター研究にとって2024年は多方式の性能検証やスーパーコンピューターとの融合が進む年となりそうだ。実機開発は超電導方式が先行してきたが、中性原子方式などの他方式が追従している。スパコンなど、既存の古典コンピューターとの融合研究も進む。量子コンピューター開発は基礎的な段階から企業と連携しエコシステム(協業の生態系)を立ち上げる特徴がある。開発が進むにつれ投資額は膨らむため、新方式の興隆と整理が同時に進むことになる。(小寺貴之)
【ビット数の追求】光量子に期待、コスト抑えシステム構築
「23年は中性原子がブレークスルーを起こした。24年は光量子に期待している」と理化学研究所量子コンピュータ研究センター(RQC)の中村泰信センター長は展望する。中性原子方式では米アトムコンピューティングが1180量子ビットを達成した。量子状態を長く保てる安定さが特徴だ。光量子方式は東京大学の古沢明教授らがリードする。第5世代通信(5G)など光通信の技術を応用できるため、コストを抑えてシステム構築ができると見込まれる。
古沢教授は「100ギガヘルツ(ギガは10億)、100コアで大量の量子ビットを生成して高速量子演算を実現できる」と説明する。これまでに要素技術を開発しており、24年には量子コンピューターとして構築しクラウド公開を目指している。最初に提供されるのは基本的な量子演算だが、いよいよ計算機として稼働させ、他方式と比較検証されるようになる。
従来は実際の計算能力よりもマシンスペックに相当する量子ビット数がベンチマークとして使われてきた。これは計算機が日々進化していることと、計算サービスがクラウド提供されて計算の実態が分からず、外部評価がしにくいことが理由だ。例えば理研計算科学研究センター(R―CCS)は米IBMの最新量子プロセッサー「ヘロン」を導入し、25年に実機稼働させるが「実機は触らせてもらえない。一部ブラックボックスになる」(佐藤三久R―CCS副センター長)。
そこで東大の山内薫特任教授とエリック・ローツステット准教授らは2方式の量子コンピューターを比較検証した。2人は化学系の研究者で量子コンピューターのユーザーに当たる。IBMの超電導方式と米クオンティニュアムのイオントラップ方式のマシンに、最も基本的な量子ダイナミクスを計算させた。結果は引き分けだ。超電導方式は計算速度が速く、精度は劣る。そのためエラー抑制などの技術を組み合わせてたくさん計算すると正しい答えが出る。イオントラップ方式はノイズが少なく精度は高い。計算結果をそのまま使えるが、超電導の200倍の計算時間がかかった。山内特任教授は「今後のベンチマークは実際に問題を解いて比較することになる」と指摘する。
「量から質」に回帰
ここで量子ビットの「量」から「質」への回帰が起きている。コンピューターの計算エラーを気にせずに使える「誤り耐性」を実現するには100万量子ビットが必要とされてきた。これを根拠に量子ビット数を追い求めてきたが、量子ビットの質を高めると必要な量子ビットをケタで削減できる。理研RQCの中村センター長は「やはり考えることはみな同じ」と説明する。
例えばIBMもエラー低減に注力すると発表した。IBMは年末に1121量子ビットの量子プロセッサー「コンドル」を公開するも、133量子ビットの「ヘロン」を主力機と位置付けた。ロードマップでは28年までに1092量子ビットの量子コンピューターを提供する。量子ビットの質を高め、一つの量子ビットで実行できる量子ゲートの数を増やす。量子ゲートは計算回数に直結するため性能が向上する。
現状の量子ビットで100万まで数を増やしても冷凍機に収まらないため、質の改善は必須だった。引き続き規模拡張の技術開発は重視されるものの、量子ビットの数を追う投資競争は落ち着き、実際の計算性能に焦点が当たると見込まれる。
【「超電導」優勢】産学が続々と実機、ユーザー評価で洗練
日本では超電導方式が研究をリードしてきた。理研のRQCは64量子ビットの国産初号機を開発。富士通が産業界向けに2号機を稼働させた。産学連携で学術界向けと産業界向けの研究体制を整えた。特徴は量子と古典(既存の計算機)のハイブリッド化だ。富士通は量子コンピューターのシミュレーターも提供する。スパコンで量子コンピューターの計算を再現し、量子コンピューターの計算が正しいか照合できる。
富士通量子研究所の佐藤信太郎所長は「量子シミュレーターは世界最大規模。量子と古典のハイブリッド環境で研究できる」と強調する。量子アルゴリズムや最適化プログラムの開発に貢献する。エコシステム構築に向け重要な一歩になった。
大阪大学では理研の量子チップが実装された国産3号機が稼働した。理研RQCは24年度に144量子ビットの実機を開発。足元では初号機を使った研究で読み出しエラーを1・2%まで低減した。単量子ビットでの実験では0・3%まで低減できている。誤り耐性に必要な読み出しエラー率は1%弱とされるため、量子ビットの集積チップに実装できれば大きな一歩になる。
理研では高性能コンピューティング(HPC)のR―CCSも量子コンピューター研究を始める。R―CCSはスパコン「富岳」を開発運用する研究チームだ。将来の量子コンピューターのユーザーであり、運用者にもなる。IBMの超電導方式とクオンティニュアムのイオントラップ方式の2台を導入し、異なる方式の量子コンピューターをスパコンと連携させる基盤技術を開発する。佐藤R―CCS副センター長は「まずはスケジューラーなどの計算最適化システムを開発する。世界的にもスパコンと量子コンピューターの連携研究は始まったばかり。これからホットになる」と説明する。
量子と古典は、中央演算処理装置(CPU)とグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)のようにデバイス同士を直接結ぶわけではない。量子と古典のシステム同士の接続になる。中村RQCセンター長は「量子コンピューターの生データを取り出して命令に反映できないかとR―CCSと議論している」と説明する。システム同士であっても、より密に高速に連携させる検討が進む。これは装置の中に手を入れられる国産機があるから可能になった。
理研としてはRQCとR―CCSの連携で、国産機と市販機を比べて開発に注文を付ける体制が整った。技術はユーザーにたたかれて伸びる。開発競争を生き残る原動力になると期待される。