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医薬製造受託で攻勢かける、AGCが日米欧3極連携で成長へ

医薬製造受託で攻勢かける、AGCが日米欧3極連携で成長へ

スペインのAGCファーマケミカルズヨーロッパでは設備増強を実施中。25年初頭の稼働を見込む

スペイン拠点拡充、欧米市場開拓

AGCが医薬品の開発・製造受託(CDMO)事業での投資を加速している。海外唯一の合成医薬品CDMO拠点である、スペインのAGCファーマケミカルズヨーロッパ(APCE、バルセロナ)では、新プラントの建設が進行中。バイオ医薬品では国内での大型投資も決めた。製薬メーカーでは新薬開発に集中するため、製造工程を外注する動きが進む中、日米欧3極の連携体制で成長を実現できるか注目されている。(狐塚真子)

コア事業の深化と戦略事業の探索を行う“両利きの経営”を進めるAGCの中で、ライフサイエンス事業は将来の柱として期待される戦略事業の一つだ。経営資源の有効活用と迅速な意思決定を可能にするため、同事業は2023年から社内カンパニー組織へ変更するなど、近年取り組みを加速している。

ライフサイエンスカンパニーでは、化学合成技術によって製造する合成医農薬と、微生物や動物細胞、遺伝子を使ったバイオ医薬品の2領域で事業を展開する。合成医薬の製造拠点はAGC若狭化学(福井県小浜市)と千葉工場(千葉県市原市)、また横浜市鶴見区には研究開発拠点を構える中、海外で唯一の拠点となるのがAPCEだ。

APCEが所在するカタルーニャ州は化学・製薬関連の一大集積地であり、トップレベルの人材を確保しやすい。加えて陸海空の輸送インフラの整備状況や欧州市場へのアクセスの良さが強みとなる。開発段階の異なる多様なプロジェクトや、既に市場投入されている製品の受託製造など、顧客からの幅広い要望に対応している。

コロナ禍を経て安定供給体制の重要性が認識されるようになった今、欧州の製薬会社では既存・新規のプロジェクトともに「域内へ回帰する動きが顕著になっている」とAPCEの門倉昭博最高経営責任者(CEO)は語る。こうしたトレンドがある中、APCEでは22年4月に投資総額約120億円をかけ、延べ床面積7500平方メートルの建屋の新設を発表。生産能力は20年4月に発表した30%の設備増強に加え、さらに30%引き上がる。25年初頭の稼働開始を見据えて、現在工事が進む。

新棟では高薬理活性原薬に対応した、高い封じ込め機能を有する設備を導入予定。建設中の建屋の規模としては6系列まで増やせる見通しだが、まずは3系列分の設備で稼働開始する。

「将来的には、さまざまな技術が導入できるようなスペースも確保している」(門倉CEO)。現在約350人の従業員を抱えるAPCEだが、設備増強により製造・開発要員として100人程度の増員も見込む。

APCEのプラントでは紙ベースの運用から生産運用システムに移行し、トレーサビリティを担保する

APCEの主なターゲットは欧州・北米ベースの製薬会社だが、開発や製造、品質などの面で日本拠点との連携も深めている。日本とスペインで基本の設備は同じだが、日本の反応窯の大きさはスペインに比べて比較的大型だ。また従来と比べ、製薬の工程も複雑化している。歩留まり改善の面から、欧州の顧客向けでも原料に近い工程を日本で作ることも可能。こうした柔軟な対応ができるのは、多拠点を有するAGCならではの強みだ。

「人口構造上、日本市場が徐々に縮小していくことが予想される中、日本の製薬企業も欧米市場の開拓を狙う。そうした中、(日本企業だが)欧州での実績があるAGCはユニークなポジションだ」(ストラテジックプランニング・グローバルマーケティング担当の山本拓馬ディレクター)。

世界の低分子医薬品の市場は今後も安定的な伸びが見込める。こうした中、今後の設備投資については「顧客からの需要の動向を見て、フレキシブルに対応したい」と門倉CEOは話す。

22年12月時点で、AGCライフサイエンス事業の売り上げは1418億円。このうち合成医農薬のCDMOは全体の3割、バイオ医薬品は7割を占める。AGCでは同事業の売り上げを30年までに4000億円まで拡大させる目標を掲げている。

合成医農薬においては、AGC若狭化学の上中工場(福井県若狭町)で大型製造ラインが竣工。同増設により、同社の製造能力は現行の1・5倍となる見通しだ。バイオ医薬品では、約500億円を投資し、AGC横浜テクニカルセンター(横浜市鶴見区)でのCDMO能力拡大を決定した。日米欧の3極で培った技術や知見を各拠点間で連携し合い、グローバル需要を取り込むことで、ライフサイエンス事業を成長できるかが問われている。

日刊工業新聞 2023年12月28日

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