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「ネオジム磁石」発明者が語る40年以上も“最強の座”に君臨する理由

「本田賞」受賞
「ネオジム磁石」発明者が語る40年以上も“最強の座”に君臨する理由

ネオジム磁石の製品例(大同特殊鋼提供)

モーター性能決める

本田財団(東京都中央区)は、2023年度の「本田賞」にネオジム磁石を発明した佐川眞人博士(NDFEB〈京都市西京区〉社長、大同特殊鋼顧問)とジョン・J・クロート博士(元米ゼネラル・モーターズ〈GM〉デルコ・レミー部門マグネクエンチ常務取締役、元ジョン・クロートコンサルティング代表)を選んだ。ネオジム磁石は1982年の発明から40年以上、最強の座に君臨している。この間にネオジム磁石が最強であるメカニズムが解明され、産業界には他の選択肢はないという声さえある。磁石研究者にとっては挑戦と挫折の40年だった。次の磁石研究の方向性を聞いた。(小寺貴之)

磁石はモーターの性能を決める材料だ。モーターはあらゆる機械に利用され、日本では電力の6割を消費している。磁石が強力だとモーターを小型化・高効率化できる。ネオジム磁石は薄型ハードディスクドライブ(HDD)を実現し、パソコンの爆発的普及や社会の情報化を支えた。電気自動車(EV)や風力発電では省エネと発電効率向上に貢献している。実際に社会を変えてきた歴史があり、今後も地球環境を支える材料といえる。

磁石研究は物質探索と材料組織最適化の二つに分けられる。まず有望な金属間化合物を探し、結晶粒を金属間化合物で包むセル構造を作り込む。セルが小さくなるほど磁石は強力になるため、さまざまな製造プロセスが開発されてきた。ここに磁石メーカーのノウハウが詰め込まれる。

実は佐川氏とクロート氏は磁石メーカーの出身ではない。佐川氏は富士通、クロート氏はGMの研究所でネオジム磁石となる物質を見つけた。佐川氏は住友特殊金属(現プロテリアル)に転職して焼結磁石、クロート氏はGM内でエンジニアリングチームを立ち上げてボンド磁石を実用化した。どちらもHDDの小型モーターに採用され、爆発的に普及した。ネオジム磁石は生み出した人も場所も、製品を育てた市場も予想外だった。

“ポスト・ネオジム”への道は・・・

基礎研究に資金支援必要/ジョン・J・クロート氏

―なぜネオジム磁石に代わる材料が40年も登場しないのですか。
 「希土類磁石には適切な金属間化合物相が必要になる。私たちは幸運にもネオジム鉄ホウ素(Nd2Fe14B)を見つけた。ネオジム鉄ホウ素は周期表の元素の組み合わせの中で理論上最も高い磁気モーメントを持つ。これに代わる金属間化合物相を見つけることは非常に困難だ。より磁力を増すには鉄の含有量を増やし、希土類は減らす必要がある。ただそうすると金属間化合物相が不安定になってしまう」

―物質探索と製造プロセスの研究に壁があるのでは。
 「基礎材料の研究と製造プロセス開発の間には大きな断絶がある。基礎研究は個人でも小規模なチームでも実施できる。だがプロセス開発においては機械工や配管工、溶接工など、多彩な専門性を備えた大規模な技術者チームが必要になる。大きな資金も必要だ。そしてさまざまな技術者が一つの方向を向くためのマネジメントが重要となる。これが私が経験した最大の課題だった」

―次の磁石研究の方向性は。
 「ネオジム磁石を超えるには、より優れた金属間化合物を探す必要がある。または未発見のプロセス技術の開発だ。これは非常に難しいだろう。また性能はそこそこで、より安価な磁石を開発する道もある。ただ多くの場合で磁気特性がコストよりも早く低下する。決して良い選択肢ではない。それでもネオジム磁石を超える磁石を探すよりは可能性があると思う。いずれにせよ新しい磁石は基礎研究から生まれるだろう。これには政府や企業からの大きな資金支援が必要になる」*取材はオンラインで実施。写真は本田財団提供

AIで探索範囲広げる/佐川眞人氏

―40年間、世界の研究者がネオジム磁石を超えられていません。開発者として感想は。
 「誇らしいとか、寂しいといった感想はない。ただ事実があるだけだ。結果的に40年間、最も強力な磁石であった。研究レベルでは優れた物性を持つ新物質は時々見つかっている。だが微細組織を作ることができていない。無理やり作ろうとしても、安定しなかったり、非常に高価な製造プロセスになったりしてしまう。私たちは幸運だった。Nd2Fe14Bは自然と微細なセル構造ができる。努力して作ったわけでも目指したわけでもなく、発見した段階でできていた」

―物質探索の研究室が製造プロセスも開発すれば次の磁石が見つかりますか。
 「私たちも特別な技術を持っていたわけではない。製造プロセスを工夫しなくても、最適な金属間化合物が形成される。Nd2Fe14Bは自然に選ばれた物質ということもできるだろう。次の磁石を目指すなら、全く新しい物資系を探す必要がある。学術界では人工知能(AI)技術を駆使した物質探索が進んでいる。私たちはネオジムと鉄、ホウ素という3元素の組み合わせの中から見つけたが、AIの力を借りれば4元素、5元素と探索範囲を広げられる」

―膨大な探索範囲を実験することになりますね。
 「希土類磁石であれば希土類と鉄とプラスアルファに何を使うか。私自身は3元系で磁石にならなかった物質が、5元系なら磁石になるのだろうかと思う。だが私たちの時のように、新しい材料が見つかると、その原理が解き明かされ、それが学理になっていく。AIで探索範囲を広げる研究の方向性は正しいと思う。次の大発見を期待している」

日刊工業新聞 2023年11月23日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
強い磁石を作りたいなら、小さく強力な磁石をたくさん作って並べる。磁気モーメントの大きな物質を金属間化合物の仕切りで結晶粒のサイズまで小さく分割して並べる。ネオジム磁石はネオジムと鉄の磁気モーメントが大きく、金属間化合物が自然に形成されるため強力な磁石になりました。ただ耐熱性が低く重希土類のジスプロシウムを添加しないといけませんでしたが、40年の開発で重希土類フリーのネオジム磁石が誕生しています。市場価格が高騰しても技術開発で資源リスクを抑える好例だと思います。ネオジム磁石の開発は多くの技術者が取り組み、その成果は社会で生きています。一方で物質特許は有限です。プロセス特許などで守ってきましたが、こちらも有限なので、新しい磁石の登場が待たれています。マテリアルズ・インフォマティクスでどこまでいけるかわかりませんが、ポスト・ネオジム磁石が見つかったらAIを使った研究の最大の成果に数えられると思います。

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