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JST理事長が科学と政策の現場を近づけるために奔走する理由

JST理事長が科学と政策の現場を近づけるために奔走する理由

科学技術振興機構(JST)の橋本和仁理事長

科学技術振興機構(JST)の橋本和仁理事長は、科学と政策の現場を近づけるために奔走する。若手やトップ研究者、研究機関の経営層と各階層で人の流れを作ろうとしている。背景にあるのは研究者たちの強いフラストレーションだ。専門的な知見が科学技術政策の場に届いていないのではないかという不満がある。

―着任して1年間で組織の状況は把握できましたか。
 「長く研究者としてJSTと仕事をしてきて、JSTのことはわかっているつもりだった。だが中に入ると見えていなかったものが見えてくる。それを実感した1年だった。まずJSTには大きく三つの機能がある。第一が資金配分機関としての機能、第二が一般社会に科学技術を伝える啓蒙機能だ。第三がシンクタンク機能で研究開発戦略センター(CRDS)が担っている。研究データベースの『Jグローバル』など、情報を集め分析し発信する機能がある。この三つはどれも重要で、自分は資金配分機能しか見ていなかったと反省した」

「運営費交付金は約1000億円。予算の7割が資金配分、残りの3割が啓蒙やシンクタンク、人件費に投じられている。ここに基金事業が加わり、年間の執行額は1000億円ほどになっている。予算1000億円の組織で2000億円の仕事をする状況になっている。これは当初予算が伸びない中で、補正予算で科学技術予算を増やしてきた結果だ。この流れは変わらないだろう。基金事業は事務経費が10%程度あるため、これで任期制の職員を雇用している。問題は優秀な人を採用しても、約5年で辞めざるをえない点だ。基金の期間は5-10年。せっかくの経験や知識が組織として蓄積していかない問題があった。そこで定年制の年俸制職を新設した。研究開発マネージャーとして第一期生が4月に着任した。いい人を採用できたと感じている」

―リサーチアドミニストレーター(URA)など、研究を支える人材エコシステムの構築が懸案でした。
 「これまで研究支援人材と紹介されてきたが、支援者でなくプロデューサーとしての役割が求められている。科学技術をイノベーションや社会課題などに結びつけるために、積極的に仕掛けていける人材だ。彼らの視点で考えると大学やJSTなど、さまざま組織を経験しながらキャリアアップできるエコシステムがあった方がよい。年俸制としたのは組織を移る際にハンディとならないためだ。細かい話しだが、転職すると年金が不利になるなどハードルがあった。それならば年俸として上乗せしようと考えた」

―エコシステムはJST単独では作れません。周囲の反応は。
 「国立大学の側から人材を交換しようと申し出を受けている。国際卓越研究大学に手を挙げるような一流大学だ。大学側にも年俸制の職種があり、相互乗り入れ可能になっている。大学も同じような問題意識を抱えていた。そして交換移籍する個人にとっても、資金配分機関と研究機関の両方の事情をわかっていることは競争力になる。そして自分の大学以外の研究者と働くチャンスになる。まずは、どの職場が受け入れやすく、また本人たちの希望に添うものになるか小さく試してみる。様子を見ながら広げていきたい」

―資金配分機能については。
 「資金配分に当てる700億円の約7割が『戦略的創造研究推進事業』として動いている。CRESTやさきがけ、ERATO、ACT-Xなどのプログラムが走っている。残りの3割がスタートアップ支援や産学連携、社会実装などのプログラムにあたる。研究者にとって戦略事業に採択されるかどうかは非常に大きな意味がある。日本の研究者は大学や国研を含めて約20万人。日本学術振興会の科研費には約10万人の応募があり、採択率が3-4割程度になっている。毎年採択するため、現在、科研費を受け取っているのは5万人ほどになる。希望者の半分程度に配分されている」

「JSTの戦略事業は応募が約2000人。採択率は約10%だ。研究者全体の1%が応募し、0・1%が採択されている。毎年採択されるため、現在受け取っているのは研究者全体の0・5%弱になる。国としては科研費で広く科学を振興して、そこから生まれてきた芽を社会課題解決やイノベーションに結びつけようと戦略事業で育てている。この0・5%という数字は、とても厳しい競争の結果だ。そのため研究者にとっては勲章になる。そう研究者に言ってもらえた。トップサイエンティストを社会問題に誘導する役割を果たせている」

―戦略事業のテーマは政府が選びます。
 「文部科学省が国内外の研究動向を踏まえて戦略目標を定め、JSTが研究領域を設計している。研究者は毎年戦略目標に当たるかどうか注視している。応募できるかどうか決まるからだ。ラッキーな年もあればアンラッキーな年もある。だがラッキーやアンラッキーと喜び、嘆いている状態はおかしい。戦略目標や研究領域の設計の使命は重く、そこには研究の最先端の情報が入っていなければならない。論文になった情報は誰でも読める。これでは遅い。これから研究がどう展開されていくか予測して戦略を立てなければならない。そこで、この1年間、150人に委員会という仕組みを動かしてきた。バイオと人工知能(AI)、半導体、量子、エネルギー、マテリアル、通信と、国の重点7分野で、それぞれトップの研究者2人を配置して、15人委員会を立ち上げた。バイオは医療を含むため3人とし、この15人に、さらにトップ研究者10人を集めてもらい、情報を集約し、15人委員会で議論している。全体では委員長を含め166人になる。この情報を内閣府や文科省に提供している。例えばAIの専門家の川原圭博東京大学教授は30人の専門家の知見を集約し、政府のAI戦略会議に提供している。彼は米オープンAIのチャットGPTが公開される前から重要技術に生成系AIを挙げていた。今回のAI戦略は現場の研究者の声が入ったものになると期待している」

―どうやって協力を取り付けたのですか。研究者が意見集約に奔走するインセンティブはありますか。
 「研究者たちは飢えていた。専門的な知識が政策決定に使われているのかと、根源的なフラストレーションが溜まっていた。我々が15人委員会を依頼して断られた人は一人もいない。そして15人が自分の研究のために動いたら機能しない。手前味噌になってはいけない。だからこそ、その分野の信頼されている研究者に白羽の矢を立て、トップ研究者の知見を集めた。結果、参加者の満足度は高い。自分たちの意見が実際に伝わると実感してもらえている」

―新しい既得権へと変化していくリスクはありませんか。
 「そうならないために全員に目的を説明し、納得してもらっている。そして任期は1年間だ。委員が固定化しないように気を付けていく。あくまで150人委員会の仕事は情報提供に留まる。意志決定するのは内閣府や文科省だ。委員は情報を提供しても、その通りに意志決定が成される保証はないと理解した上で協力してくれている」

―省庁の各部局にはそれぞれが管轄する国研など、ブレーンが存在しました。
 「省庁にとってはセカンドオピニオンの位置づけだ。試行して確信できたのは官僚は最新の情報を欲しているということだ。政策を決める重圧に比べれば、新しい情報をインプットされることなど苦ではない。論文になる前の情報を集め、研究計画や戦略を組み立てる。これは研究者が常々やっていることだ。これをテーブルに並べた上で政策決定していくことができれば、後追いでなく先手を打てる。150人委員会は、この半年で準備し、ようやく回り出した。1年でシステムとして完成させたい」

―政策決定を支える職員にも科学的知見や技能が必要です。
 「若手研究者を政策の現場に送り込むつもりだ。政党の事務所や国会事務所、省庁などで力を発揮してもらいたい。米科学振興協会(AAAS)の科学技術政策フェローシップ制度(STPF)がモデルだ。彼らは5人から始めて50年間で3000人以上を輩出した。いまでは要職にはSTPFの経験者が就くようになった。我々はまずは3人程度で始める。試算すると一人1000万円程度で運営できる。これなら理事長裁量経費で始められる。受け入れ側には専門的なスキルや知見が政策の現場で役に立つと経験してほしい。若手にはキャリアの可能生を広げてほしい」

―すでに省庁では民間や大学からの出向者が支えています。
 「受け入れる側が人材育成について考えていなかった。我々はコピー取りのような仕事に終始させない。そこはJSTとしてウオッチしていく必要がある。科学と政策の間に距離ができる問題はどの国も苦労している。単に予算を付けたらうまくいくものではない。仕組みが機能するか検証しながら広げていく。うまくいけば運営費交付金事業に組み入れる。海外の成功例を日本向けに昇華できるか挑戦になる」

―日本では政策立案で議論されていた内容と、施策となり現場で執行する段階で開きがあります。企画者と執行者が違うためで、それぞれよかれと思って加えた修正が積み重なり、企画時のコンセプトから離れていく問題がありました。
 「解決策はまだない。いまはこんなにも違いがあると伝えるようにしている。私自身は対応できる。それは政府の科学技術顧問などとして、情報が入ってくるからだ。総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)で政策を議論してきた課題がいま施策として出てきていることもある。違和感があれば電話一本で確かめられる。ただ、これが持続可能かというと、個人に依存しており、まったく持続可能ではない。どんなシステムなら対応できるのか思案している」

―御自身はCSTI議員を務めながら国研の理事長として、政策のPOC(概念実証)をしてきました。企画立案と並行して小さく試して政策の場にフィードバックしていたから議論に説得力を持たせられました。
 「確かに私のキャリアは特殊だったかもしれない。もし私が機能していたと評価されるのなら、政府はこうしたキャリアの人材を増やしていくのだろう。CSTI経験者が資金配分機関を見るのがいいだろう。CSTIに何人か候補者を集め、その中から向いている人物を選ぶことも一案だ。気を付けてほしいのは、施策を評価する際に一つの施策にすべてを求めないことだ。政策はポートフォリオとして作られている。例えば、国際卓越研究大学制度は世界と戦える大学を作るにはどうするかという目的で立案された。10兆円のファンド運用益を研究者に均等に配分すれば論文数が増えるということは確かだ。だが大きな予算が付いたからと、それをやると、本来の目標が崩れる。底上げは地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージとして進めている。ポートフォリオをそろえた上で、どの政策から実行するかは政策決定の中で決まってくる。今後、政策を実行していくなかで、一つの施策にあれもこれもと改良を加えると本質からぶれる可能性がある。そして施策の改良や修正は必要だ。ポートフォリオ管理と一つ一つの施策の現場をつなぐ仕組みが重要になる。この問題も、どの国も悩んでいる」

―地政学的問題を受けて科学技術外交が強化されています。先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)の公募も始まりました。
 「先進7カ国(G7)でも各国から、ぜひやろうと声をいただいた。G7の成果文章にも国際頭脳循環を盛り込めた。ASPIREの支援規模は最大5億円。国際的ネットワークを構築し、若手研究者を育成するために投じる。23年度は大小50件程度を採択する計画だ。英国はASPIREと同じプログラムを立ち上げて強化に乗り出している。米国も政策の転換点にある。これまで米国は黙っていても世界から優秀な人材が集まる国だった。現在は米中対立などで難しい局面にある。集まってくるのを待つだけでは不十分で、同志国で育てていくメカニズムが必要だ。これは経済安全保障の観点から先端半導体や電池に巨額の直接投資をするようになったことと連動している。国際協調で人材育成する方針はカナダやフランス、ドイツ、イタリアも合意している。ここに産業界が加わることが重要だ。1年かけて形にしたい」


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日刊工業新聞 2023年06月13日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
国内の研究資金の差配で終わらず、海外から研究資源を獲得しようと奔走している。G7サミットを機に大きなアライアンスが次々に発表された。外交や政治主導のプロジェクトは通常の施策よりも大型化しやすい。日本がG7議長国を務めるのは残り半年。国際連携は単発で終わらず、仕組み化することが重要だ。

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