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日本企業にも追い風…アップルのゴーグル型端末はXRの地平を切り開くか

日本企業にも追い風…アップルのゴーグル型端末はXRの地平を切り開くか

ビジョンプロの使用イメージ(アップル提供)

米アップルが5日発表したゴーグル型のヘッドマウントディスプレー(HMD)「Vsion Pro(ビジョンプロ)」。現実世界と仮想世界(VR)を融合する「クロスリアリティー(XR)」の新しい地平を切り開く端末として、世界中で話題だ。XRの市場の広がりは端末を開発する日本企業にとっても追い風になりそうだ。(編集委員・小川淳、同・安藤光恵、張谷京子)

アップル、仮想と現実融合 目・手・声使い制御

拡張現実(AR)は実に奥深いテクノロジーだ。デジタルコンテンツと現実世界との融合は、まだ見たことのない体験への扉を開く」。アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は、5日の発表会でビジョンプロに込めた狙いをこう説明している。

さらに「『Mac(マック)』がパーソナルコンピューティングをもたらし、『iPhone(アイフォーン)』がモバイルコンピューティングを実現したように、ビジョンプロは私たちを『空間コンピューティング』の世界へと導く」と述べる。単なるメタバース(仮想空間)用途の端末ではなく、目や手の動き、声などで端末を制御する「空間コンピューティング」というXRの新市場を切り開くアイフォーン以来の大型商品との位置付けだ。

12基のカメラと五つのセンサー、六つのマイクを搭載。ディスプレーにはソニーグループ製とみられるマイクロ有機EL(OLED)を採用しており、両目合わせて2300万ピクセルの解像度を誇る。これは4Kテレビの画素数を超える。また5000以上の特許技術を盛り込んでいるという。専用の基本ソフト(OS)「ビジョンOS」も同時に開発している。

AR/VR表示機器の世界市場

価格は3499ドル(約50万円)と、米メタが今秋発売する最新ゴーグル型端末「メタクエスト3」の7万4800円(128ギガバイトモデル)の実に6倍以上となる。ただクックCEOは発表会でメタバースという言葉を使っておらず、これまで以上に現実と仮想空間をより融合させる端末を用意することで、メタとの明確な差別化を狙っているとみられる。

また、ビジョンプロという名前からも分かるように、「開発者向けモデル」と見る向きもあり、24年初めにいち早く市場に投入することにより、アプリやコンテンツなどの開発を世界中で促し、新しい市場を早期に拡充させたい意向もあるようだ。実際、アップルはより機能を絞り込んだ廉価版モデルも用意していると言われる。

富士キメラ総研(東京都中央区)が2月に公表した調査では、AR・VR表示機器の世界市場は30年予測で7兆4301億円と22年と比べ8・4倍にまで急成長する見込み。アップルのビジョンプロの成功次第ではさらに市場が拡大していくだろう。

市場創出、日本勢も虎視眈々 産業用途への拡大視野に

XR関連の端末では日本企業も開発を進める。NTTドコモのメタバース子会社、NTTコノキュー(東京都千代田区)は、シャープと共同でXRデバイスの開発に取り組む。4月に両社で共同出資会社「NTTコノキューデバイス」(東京都千代田区)の事業を開始。今夏をめどに試作機を公開する。600億円を投じ、デバイスのほか、個人・法人向けにメタバースや、現実世界をデジタル空間上に再現するデジタルツインを展開する。

シャープが開発中のVRゴーグル(試作品)

一方、シャープは1月に175グラムと超軽量のゴーグル型VRディスプレーの自社製の試作機を公開した。ディスプレーやカメラモジュール、センサーなどスマートフォンや液晶ディスプレーの開発で培ったグループの技術を結集。高精細映像で、長時間使用しても疲れにくく、折り畳んで持ち運びやすい設計とした。素早くピントが合わせられ、映る範囲が安定して映像に酔いにくいという。

ソニーグループが開発中のHMDによるMR画像。仮想のカメラと現実の手を同じ画像上で自然につないでみせる

ソニーグループは家庭用ゲーム機「プレイステーション5」向けにVRを体験できるゴーグル型端末「プレイステーションVR2」を2月に発売した。高解像度の上、本体前面に四つのカメラを内蔵し、外部やコントローラーを認識。ヘッドセット内には視線を追従する赤外線カメラを二つ搭載。音響にも最新技術を取り入れ、ゲームや映像で没入感を得られるようにした。

さらに複合現実(MR)用のHMDの開発も進める。低遅延機能や正確な遠近法、オクルージョン(遮蔽〈しゃへい〉)表現機能などを備え、一段と没入感を得られるようにし、現実世界の物体を肉眼で見るのと同等の遠近法とサイズで画面上に再現できる。ゲームや映像のほか、カメラや車などの製造現場、建築現場などの産業用途への広がりも期待する。建機の遠隔操作や災害や医療の訓練用途も想定する。

開発を主導する技術開発研究所の石原敦氏は「現在は出口を模索している段階」とし、実用化に向けてさまざまな企業と対話を重ねており、3年後くらいには「何らかの形で世に出したい」とする。

私はこう見る

新サービス提供がカギ/オムディア・リサーチマネージャー 早瀬宏氏
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50万円という価格設定はかなり強気で、正直高いなと思う。高額なマイクロOLEDディスプレーやセンサーなどを盛り込んで積み上げた結果と思うが、ただのゲーム機に50万円をかける人はいない。この価格帯では産業用途も限界がある。

ビジョンプロの成功は価格に見合う新しいサービスを提供できるかにある。メタバースやVR、MRなどの仮想空間技術が成功していないのは、そこでしか得られない体験を提供できておらず、お金を出して買いたいと思われないからだ。

市場では「アイフォーン以来の大型商品」と期待する声もあるが、例えばメタは何兆円もかけてメタバースに挑んでいるが成功していない。ソニーグループも苦労している。アップルにそれ以上の覚悟があるだろうか。アップルが過去に出した製品がすべて成功しているわけではない。

一方で、市場が広がれば強力なコンテンツを持つ日本企業や部品メーカーにとっては商機が広がるだろう。(談)

”志高い人“の活用期待/東京大学バーチャルリアリティ教育研究センターサービスVRプロジェクトプロジェクトリーダー 広瀬通孝氏
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世間が「チャットGPT」など生成人工知能に夢中な時に、ハードそのものを出したことにある種のすがすがしさを感じる。アップルは「空間コンピューティング」を掲げるが、空間的なものとか身体的なものが、情報処理にとってどれだけ必要かをちゃんと考えているのは、うれしい。

HMDに4Kの解像度を持つパネルを搭載したが、冷静に考えればこれはすごいことだ。たくさんのセンサーも搭載している。ストレスのない入出力により、仮想空間での双方向の体験を重視したのが分かる。性能を盛り過ぎな気もするが、次第に余分なものはそぎ落とされるのでは。

これがXRのゲームチェンジャーになるのかは分からない。コンテンツ次第なのは確かだが、口を開けて待ってもコンテンツは来ない。すべての映画監督が新しいカメラを開発できるわけではない。新しい仕掛けを作り、志の高い人たちがそれを使うことで画期的なコンテンツが出てくる可能性はある。(談)

日刊工業新聞 2023年月6月20日

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