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趣味や夢、子や孫に残すため…野村証券が進める「ゴールベース資産管理」の中身

野村ホールディングス(HD)の中核証券会社である野村証券が顧客一人ひとりとライフプランや将来の目標といったゴールを共有し、資産形成を支援するサービスに乗り出している。この一環で金融資産の将来を予測できるツールを営業現場に導入し、全面的な運用を始めた。「ゴールベース資産管理」と呼ばれる手法で、世界的なインフレ進行や資産形成の機運の高まりの中、注目が集まっている。金融機関と投資家との丁寧なコミュニケーションが普及のカギとなりそうだ。(編集委員・川口哲郎)

ゴールベース資産管理のプロセス

ゴールベース資産管理とは趣味や夢、子や孫に残す資産といったゴールの実現に向けて資産などを管理する方法で、米国で先行して普及している。00年代のハイテク株バブル崩壊など、相場変調時に売買手数料に依存した事業モデルが行き詰まった反省が背景にある。コンサルティングを通じた資産形成支援により残高連動手数料を得る事業モデルを社是とするようになった。

野村証券もコンサルティング中心のビジネスモデルに変革するため、布石を打ってきた。20年から個人投資家向けに運用方針や投資戦略を策定する専門組織のチーフ・インベストメント・オフィス(CIO)を設置。CIOの投資理論や統計に基づいた資産配分の提案を行うためのツール「ノムラナビゲーション」を22年に導入し、同時に残高手数料契約サービス「レベルフィー」の取り扱いを始めた。

同ツールは現状の金融資産をシミュレーションし、5―7年先のリターンの予測値を割り出せる。同業他社にも似た機能のツールはあるが、同社ツールの特徴は東証株価指数(TOPIX)などの指数だけでなく、個別銘柄の将来予測まで行える点だ。対象は個別の株式や投資信託、債券なども含めて100万種類以上に及ぶ。対象の広さは同社CIOの調査結果を忠実に落とし込んでいるから可能であり、システムを手がける野村寛商品開発課次長は「(CIOは)車のエンジンのようなもので、情報の質では比較優位がある」と強みを分析する。

「インフレが起きれば資産の将来はこうなります」―。野村証券の営業現場では「パートナー」と呼ばれる営業員が同ツールを使いながら、顧客に将来像を示している。営業現場ではこれまでも資産形成のゴールを意識した提案を行っていたが、実際のシミュレーションの結果を示すことで、より具体的な提案を可能にしている。

野村HD 営業部門顧客資産残高

従来は金融商品を起点にした勧誘になりがちだった。営業現場のサポートにあたる川上幸彦コンサルティング・サポート課長は、「ツールの活用により顧客の課題や優先順位がわかりやすくなり、顧客発の提案につながる」と効果を挙げる。リスクを顧客と共有し、顧客と深い関係を築けるようにもなった。他社の預かり資産を含めた明細を教えてもらい、全資産のアプローチにつながるケースも増えているという。

ゴールベース資産管理は欧米で主流だが、日本ではまだゴールを設定する考え方自体が個人投資家に定着していない。野村証券の顧客である富裕層への浸透もまだこれからの段階だ。ただ、「資産運用の方向性を検討する良い機会を提供できており、資産運用額や期間、リターンとリスクの関係を見直す事例も増えてきている」(川上課長)という。

野村証券が22年に始めたレベルフィーの対象資産は3月末に3500億円に達したが、顧客資産残高のまだ1%に満たない水準だ。ゴールベース資産管理のさらなる普及に向け、「ツールを使って提案を続けることが一番大事」(同)と心得る。提案によって顧客満足度が上がれば、家族など周囲に自然と広がり、根付いていく見立てだ。証券会社は顧客の理解を得るために地道な取り組みが求められている。


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