量子技術を駆使した観測が光合成に一つの見解を示した
光合成の出発点は、太陽の光エネルギーを電子のエネルギーに変換するところである。そこにもまた、地球の歴史とともに進化してきた巧妙な生物の仕組みがある。
人類が活動を継続していくために光合成は必須で、数十億年以上もの間、地球上に酸素とエネルギー源となる有機物を提供してきている。もちろん、二酸化炭素(CO2)削減にも欠かせない。生物中のたんぱく質が光合成の主役を演じている。たんぱく質は20種類のアミノ酸が直鎖状につながってできているが、実はそれだけでは太陽の可視光を吸収しない。たんぱく質は、色素分子を取り込み、それを使って光を吸収して電子のエネルギーに変換している。
たんぱく質は何万にも及ぶ原子や、その中の電子が規則正しく配置されて、特定の立体構造をとっている。それらの原子配置の妙にエネルギー変換の根源がある。光を吸収する色素を規則正しく配置していることが、太陽の光エネルギーから電子のエネルギーへの変換と、その後のエネルギー輸送を効率化している。秩序正しい巧みな原子の構築をナノサイズで行えるのは、地球上ではたんぱく質のみで、進化の過程で獲得してきた結果である。
21世紀になってから、光合成において、たんぱく質の量子効果が電子エネルギーの超高効率輸送に関係しているのでは、という見解が出てきた。この見解は量子技術を駆使した観測がきっかけとなった。
一言で量子効果といってもさまざまであるが、光合成で重要なのは色素間を高速で往復する電子の振る舞いである。たんぱく質が使っている色素の種類や構造、色素間の距離や角度などの配置、色素の周りの環境に潜む巧妙さを、高速な電子の動きを計測して明らかにすることが現在の課題だ。
私たち量子科学技術研究開発機構では、光エネルギーを電子のエネルギーに変換・輸送するたんぱく質を人工で作ることに取り組んでいる。さまざまな視点で改変した人工のたんぱく質を作製し、それを最先端の量子計測技術で測定することによって、量子がかかわる巧妙な仕組みを深く理解する研究に取り組んでいる。得られる知見は人工光合成に応用され、自然を凌駕(りょうが)する創造的なたんぱく質の設計をも可能にするであろう。
量子科学技術研究開発機構(QST) 量子生命・医学部門 量子生命科学研究所 タンパク質機能解析研究チーム チームリーダー 安達基泰
地球の歴史に重ね合わせられる過程を経て進化してきた生物分子の魅力に興味を持っている。近年は、非常に複雑なたんぱく質ならではの量子効果と機能性を追究する研究に従事。博士(農学)。