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量子コンピューター開発最前線。日本は量子立国を実現できるか

量子コンピューター開発最前線。日本は量子立国を実現できるか

商用量子コンピューター「IBM Quantum System One」が国内で稼働(昨年7月)

政府は、国家戦略の一丁目一番地に量子技術を位置付けた。4月に策定した「量子未来社会ビジョン」で、同技術を社会課題解決や経済安全保障といった観点で極めて重要と指摘。多様な産業分野での利活用イメージを提示し、研究開発拠点整備やスタートアップ創出、人材育成などの取り組みを加速する方針を打ち出した。同技術を応用した量子コンピューターや量子メスなどで米欧中との開発競争が激化する中、量子立国を実現できるか。産学官の力が試される。(編集委員・斉藤実、飯田真美子)

【用語】量子技術=原子レベル以下のミクロの世界で働く物理法則「量子力学」の性質を利用する技術。量子(電子や光子のような粒子)の個々の振るまいや、2個以上の量子が特殊な関係を持つ状態「量子もつれ」を制御することで、高い計算能力を持つ「量子コンピューター」や盗聴不可能とされる「量子暗号」、従来の計測技術の限界を超える「量子センシング」などが実現できると期待される。世界の主要国が国家戦略上で量子技術を重要技術と位置付け、研究開発を活発化している。

技術発展へビジョン策定

政府は策定した量子未来社会ビジョンで、量子技術により目指すべき社会やその実現に向けた戦略を示した。先行して政府は2020年に研究開発などにフォーカスした「量子技術イノベーション戦略」を策定しており、今回の「ビジョン」と併せた両輪で量子技術の発展に取り組む。

量子未来社会ビジョンでは三つの基本的な考え方を示した。一つ目は、社会全体に量子技術を取り込み、人工知能(AI)などの従来型の古典技術システムと連携・一体化し、産業の成長機会の創出や社会課題の解決を図るとの考え。
 二つ目として、多くのユーザーが量子コンピューターや量子通信・暗号などを容易に使える環境や仕組み整備する考えを示した。三つ目は産学官一体で新事業やスタートアップなどの創出に向けた環境整備を強化するとした。

具体策として、大学や国立研究開発法人を中心とした「量子技術イノベーション拠点」の体制を掲げた。これまで理化学研究所を中核とした8拠点体制だったが、東北大学と沖縄科学技術大学院大学の2拠点を追加。さらに既存の理研、産業技術総合研究所量子科学技術研究開発機構の3拠点については産業界への支援や材料関連の研究開発などの機能を強化する。

 また22年度中に国産の量子コンピューター初号機を整備する方針を打ち出し、国家戦略として本気度の高さを示した。文部科学省の末松信介文科相は「スーパーコンピューター『富岳』に負けない性能を持つ量子コンピューターを開発したい」と意気込みを示す。
 30年に目指すべき状況として、国内の量子技術の利用者を約1000万人とする目標を掲げ、同技術による産業の生産額が50兆円規模になるとの想定を示した。

また量子コンピューター、量子暗号通信、量子計測・センシングの主要3分野でユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)を創出し、ベンチャー企業の参入を活性化するとの将来像も提示した。
 近年、デジタル変革(DX)で社会全体で増大するデータ通信量の解消やカーボンニュートラル温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現など困難な社会課題が世界的に増えている。量子技術はその解決手段として注目される。電気自動車(EV)の走行距離向上、認知症やがんの早期診断・治療、製造現場の低コスト化や製品の生産性向上などの実現につながり、人々の生活の向上やさまざまな産業に貢献するとみられている。

量子技術は社会基盤の一角として存在感を高め将来、国家間の覇権争いの中核となり得る。経済安全保障の観点からも高度な量子技術を自国で保有し、技術などの重要情報をサイバー攻撃から保全する必要がある。情報通信研究機構の徳田英幸理事長は「セキュリティーに関わる量子ICT(情報通信技術)の早急な社会実装が必要」と強調する。

ウェビナー開催のお知らせ】
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2022/9/9(金) 14:00 ~ 15:30 オンライン配信
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申し込み締切:2022年9月8日(木)12:00
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 本セミナーの参加申込者は、ウェビナー終了後、アーカイブ配信をご覧いただけます。
 視聴可能期間:2022年9月9日(金)16:00~9月16日(金)17:00(配信開始時間は多少前後する場合がございます)
 アーカイブ配信の視聴方法は、9月9日(金)16:00頃、メールにてご案内いたします。

講演者紹介

 寺部 雅能(てらべ まさよし)氏
住友商事 Quantum Transformation (QX) プロジェクト Technology Director
東北大学大学院 情報科学研究科 特任准教授(客員)

社会とテクノロジーの交差点に立ち、新たな価値の創出に挑戦し続ける元エンジニア・研究者の商社マン。
量子コンピューティングの社会実装分野で数多くの世界初実証、知財創出、論文出版、海外スタートアップ出資や国際会議での基調講演、招待講演等の実績を持つ。著書「量子コンピュータが変える未来」他。

日刊工業新聞2022年5月20日加筆

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