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完全自動運転を実現するAIのカギ握る、次世代「スピントロニクス」の世界

未来の車社会では、人工知能(AI)が人に代わり目的地までの運転から駐車場での入出庫まで完全に自動運転しているだろう。これを実現する人工知能には、リアルタイム性が求められるため、超高速かつ低消費電力の記録デバイスが不可欠であり、そのカギを握るのが、物質中の電子が持つ「電荷(電気の素)」と「スピン(磁気の素)」の両方を利用する次世代「スピントロニクス」デバイスだ。

現在応用が検討されているスピントロニクスデバイスは、さまざまな金属を厚さ数ナノメートル(ナノは10億分の1)で層状に積み重ねた多層膜構造をしている。このような多層膜デバイスでは表面および金属膜間界面近傍の磁気特性がその性能を決定する。そのため、表面や界面近傍の磁気特性を原子層レベルで正確に計測できれば、そのデータをデバイス設計に生かすことで、より早期の高性能デバイス開発の実現に繋がる。

しかし、金属薄膜の表面・界面近傍の「原子1層」の磁気計測は、その困難さから、実例報告はほとんどなかった。そこで量子科学技術研究開発機構(QST)は、「核共鳴分光法」を基にして新しい顕微磁気計測法を開発した。核共鳴分光法は、特定波長のX線を材料に照射し、その波長のX線を特異的に吸収(共鳴吸収)する元素の磁性を調べる方法だ。鉄を例に挙げると、共鳴吸収する鉄(57Fe)としない鉄(56Fe)があり、56Fe薄膜の中に、1原子層だけに57Feを含めることで、57Feを含む原子層の磁気特性だけを測定できる。

この手法を用いて、鉄の表面第1層目から2層目、3層目と順に調べたところ、鉄の磁力が表面から1原子層ごとに強弱することを見いだした。1層目の磁力は強く、2層目は弱い。3層目はやや強く、4層目はやや弱くなる。そして、7層目になると、よく知られている内部の磁力と同じになるのだ。この結果、人類が鉄を利用して数千年以上の時を経て、初めて鉄表面の磁気構造が明らかとなった。

QSTが開発したこの新技術は、単純な鉄薄膜の表面だけでなく、多層膜の界面の磁性も計測できる。現在、対象元素は鉄に限られるが、多くのスピントロニクスデバイスは鉄を含むため広範な応用が可能だ。本手法で狙った箇所の磁性を原子層ごとに見極めることで、次世代磁気記録デバイスの開発が加速されることが期待される。

量子科学技術研究開発機構(QST) 量子ビーム科学部門 放射光科学研究センター 磁性科学研究グループ 上席研究員 三井隆也
 専門分野は、メスバウアー分光、核共鳴散乱、精密X線光学。放射光を線源とした先進的メスバウアー分光法の開発とそれを用いた物質研究に従事。博士(工学)。

日刊工業新聞2022年7月14日

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