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再エネ拡大の切り札、国内初の大型洋上風力発電所が動きだす

再エネ拡大の切り札、国内初の大型洋上風力発電所が動きだす

能代港(秋田県能代市)の洋上風力発電所。複数基の風車からなる大型洋上風力に分類される国内初の商用発電所だ

今冬、商業用として国内初の大型洋上風力発電所が動きだす。欧州で普及する洋上風力だが、日本の再生可能エネルギー拡大に向けた切り札として期待される。丸紅や大林組、中部電力などが出資する秋田洋上風力発電(秋田市)は、開発の先陣を切って海に飛び込む「ファーストペンギン」になった。ただ、使用部材の多くや建設技術は海外に頼るのが実情。再生エネの主力電源を目指すためにも、日本の洋上風力産業の育成が待ったなしとなっている。(取材=名古屋・永原尚大)

秋田県北部に位置する能代港(能代市)。「ここで成功事例ができれば、資金の出し手もサプライヤー(部品供給網)も増える」―。海上にそり立った風車を見つめる秋田洋上風力発電の岡垣啓司社長は、確信を持ってこう語る。

同社は南に約60キロメートル離れた秋田港(秋田市)と合わせ、海底に柱を固定する着床式風車を計33基、13万8600キロワットの発電所設置を主導する。年間発電量は4億キロワット時で、一般家庭約13万世帯をまかなう。総事業費は約1000億円と巨額だが、再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)を使った1キロワット時当たり36円の売電を20年間続けることで、事業性を確保できるという。

海面から最も高い場所で約150メートル、1基当たりの出力4200キロワットの風車はデンマークのベスタス製。中心部でコア部品のナセルは欧州、タワーやブレードは中国、韓国で作るグローバルサプライチェーンから供給を受ける。風車で使う日本製品は皆無に近い。総事業費に占める国産比率は2割で、主に担うのは陸上の送変電所だ。

タワーやブレードに加え、基礎部品のモノパイルなどは「部品としての技術難易度が高いわけではない」(岡垣社長)。ではなぜ日本製が少ないか。単純に「(洋上風力発電所の)国内需要がなかった」(同)ことが背景だ。顧客が不在だったがゆえに、数百億円を要する設備投資は喚起されず部品が生産されることもなかった。

秋田洋上風力発電が商業運転の開始を予定する12月末、洋上風力産業にはどんな風が吹くのだろうか。

普及への試金石 2港での建設工事大詰め

秋田洋上風力発電(秋田市)が進める国内初の大型洋上風力発電所の建設工事が大詰めを迎えている。約1000億円を投じて秋田港(同)と能代港(能代市)に33基の風車を設置する大掛かりなプロジェクトだが、進めるには欧州からの支援が不可欠だった。洋上風力を日本で普及させるための試金石として位置付けるが、真の普及には日本の洋上風力産業の自立が必要だ。

秋田港に停泊する一隻の船。四隅にある黒い柱を海底に着床させ、船体を海面から持ち上げることで波浪の影響を避けながら作業できる自己昇降式作業台船(SEP船)だ。

支柱となる鋼管「モノパイル」を海底に設置し、風車タワーとの接続部材「トランジションピース」をつなげて基礎を造ったのは2021年の春から秋。冬の間にタワーなどの部材を調達し、22年7月からは基礎の上に風車を据え付ける工事を進めている。台風に耐えられるよう設計条件を厳しくしているが「基本的な風車の機構は海外と変わらない」(秋田洋上風力発電の岡垣啓司社長)。

SEP船は四隅にある高さ約80mの柱を使い、波の影響を受けずに洋上で風車を取り付ける(秋田港)

この工事を進めるSEP船には、日本と欧州の混成エンジニアチームが数十人単位で乗り込む。大型の洋上風力発電所の施工は日本初だからこそ「実績のある欧州の技術や知見を最大限に活用する」(同)狙いだ。工程ごとに欧州で実績のある専門のエンジニアが指揮を執っているが「一緒に施工することで徐々に技術や知見を移管し、最終的には日本だけで作れるようにする」(同)。

海外頼みで進む建設だが、部品の海外調達比率の高さは高コスト体質を生み出す。秋田洋上風力発電では約1000億円の総事業費のうち調達部材の8割を欧州などから輸入する。数十メートル級の巨大な部品が多く「莫大(ばくだい)な輸送コストと時間が発生する」と岡垣社長は説明する。

国内では数少ないSEP船の建造も必要だ。海外のSEP船を国内で使うには日本船籍に転籍する必要がある。秋田洋上風力発電は英シージャックスが保有する「ザラタン号」を日本船籍に転籍して運用しており、チャーター(傭船)コストを低減する余地は大きい。

秋田洋上風力発電は1キロワット時36円で売電するのに対し、欧州では同10円を切る事例が目立ちはじめる。安価に供給するためにも、秋田の挑戦を指標にした上で“カイゼン”を進めなければならない。

秋田から “宝風” 世界で戦える「電源」に

秋田洋上風力発電(秋田市)に出資する中部電力は、2030年ごろまでにグループ全体で200万キロワット以上の再生可能エネルギー電源を開発する計画だが、半分の100万キロワット以上を洋上風力に頼る。秋田洋上風力発電の後には総出力数十万キロワット級の大型案件も控える。主力電源として拡大が進む中、数万点の部品で支える洋上風力産業も一歩を踏み出し始めた。

「洋上風力以外を積み上げても(電源開発目標の)半分もいかないのが現状だ」。中部電再生可能エネルギーカンパニー社長の鈴木英也専務執行役員は吐露する。陸上風力やバイオマス、地熱発電所の新規開発や水力発電所の発電量増加を進めるが、洋上風力のように大規模開発できる電源は少ない。つまり再生エネ拡大に洋上風力は「必要不可欠な電源」(同社)となる。

洋上風力で使用する風車は数万点の部品で構成される(能代港の洋上風力発電所=秋田県能代市)

中部電は知見獲得を目的として秋田洋上風力発電に参画し、洋上に風車を浮かべる「浮体式」の開発にも関わる。グループ会社のシーテック(名古屋市瑞穂区)も28―30年に秋田県沖と千葉県沖の3海域で合計168万8400キロワットの大規模開発を計画する。

洋上風力発電所は1基の風車に数万点の部品が必要。中核部品のナセル一つとっても発電機や主軸、制御システムなどサプライチェーン(供給網)の裾野は広い。矢野経済研究所は、30年度に国内市場規模が22年度比約18倍の9200億円に達すると予想する。

こうした状況を受け、日本勢が旗を揚げる。清水建設は約500億円を投じ世界最大級の自己昇降式作業台船(SEP船)を建造する。JFEエンジニアリング(東京都千代田区)も約400億円を投じモノパイルの工場を24年4月に稼働させる。東芝も米GEと提携してナセルの組み立てラインを検討中だ。

一方、中部電の鈴木専務執行役員は「太陽光パネルのように全てが海外製になることは避けたい」と危惧する。かつて価格競争力のある中国勢がなだれ込み、日本の産業界は苦杯をなめたからだ。今後、世界で戦える部品を一つずつ増やす視点も欠かせない。

夏の秋田では奥羽山脈を西に越えてやってくる暖かく乾燥した風が吹く。稲を豊かに実らせることから「宝風(たからかぜ)」と民謡で歌われる。秋田の海で回り始める風車は、洋上風力産業をたわわに実らす“宝風”を吹き込む存在を目指す。

日刊工業新聞2022年9月5,6,7日

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