学術界に経済安保は定着するか、「輸出管理業務」が試金石
経済安全保障が学術界に定着するか、その試金石になるのが輸出管理業務だ。研究成果の大量破壊兵器への転用防止などのために、大学職員が情報流出対策を担う。外為法のみなし輸出の厳格化で管理対象が広がり、研究者への啓発や審査業務に奔走する。研究者からの不満を一身に集めている。
「共同研究が固まってから話が持ち込まれ審査で研究を停滞させるなと急かされる」とある国立大学の輸出管理担当者はため息を吐く。研究者が共同研究を決める際、すでに相当量の情報が交換されている。研究者同士で話が盛り上がり、実験仮説や計測技術、予算や期間はめどが立っていることが多い。そして他の研究チームとは競争だ。研究者にとっては審査に時間を取られている場合ではない。停滞すると「過剰な輸出管理は国際共同研究を妨げる」、「研究意欲をそぐ」などと不満が上がる。
一方で共同研究先の企業からは「大学側は指導教員が(管理対象の)特定類型該当者でないことを保証し、該当者が参加する場合には企業に通知し、中途解約や共同研究費返還に応じる」という契約書が届く。こうした一方的な契約を結んでしまって大丈夫なのか頭を抱えている。
群馬大学の伊藤正実教授・輸出管理アドバイザーは「大学は無防備な面がある。研究者には発想がなく、事務方は事案に直面しないと動かない」と指摘する。そこで安全保障貿易管理を担う経済産業省と仮想運用案を議論して細かな詰めを行っている。
例えば共同研究契約の事案では企業が大学に特定類型該当者の情報を求める外為法上の根拠はない。個人情報保護の観点からも本人の承諾なしに情報提供はできない。あくまで大学と企業の関係性で契約は変わる。そして金額や研究テーマによっては必ずしも企業が優位とは限らない。大学と中小企業、大学と資金配分機関などとの契約でも同様だ。
実務上、特定類型該当者の情報を大学組織のどの範囲まで共有するかも問題だ。全教員が知っているべきか、部局長が知っていれば情報管理できるのか運用が難しい。伊藤教授は「大学の自由な文化を壊す可能性がある。特定類型の教員は卒論や修論の発表会に参加できないこともある」と指摘する。留学生に差別的な研究環境になれば優秀な人材が集まらなくなる。
難しいのは大学も研究者や学生を100%信用できない点だ。企業は大学の管理体制を計りかねている。経産省担当者は「規定があっても実行的な管理ができているかは分からない。一件一件足を運んでヒアリングしている」と説明する。体制不備と相互不信がお互いへの要求レベルを引き上げ、管理コストを増大させている。
大量破壊兵器につながるのは原子力や感染症など、極一部の研究分野だ。それでも現場は四苦八苦している。仮に経済安保で重視される先端半導体なども準じた管理に移行するとしたら、その負荷は相当なものになるだろう。
伊藤教授は「輸出管理を担う職員を孤立させてはならない。外為法違反で手が後ろに回るのは責任者の担当理事。トップの意識が重要になる」と説く。