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海底トンネルで進む世界初の観測実験、生かされる日本発の技術の全容

海底から波観測
海底トンネルで進む世界初の観測実験、生かされる日本発の技術の全容

東京湾アクアラインの海底トンネル内に設置されたミュオグラフィセンサーモジュール(東大・田中宏幸教授提供)

多くの観光客らでにぎわう海の日の東京湾アクアライン。その海底トンネル内で世界初の観測実験が進んでいることは、国内では意外にもあまり知られていない。素粒子ミュオンを使った透視技術「ミュオグラフィ」による波の観測だ。津波や高潮などの防災に活用される。これまでピラミッドや火山を丸ごと透視し、世界を驚かせた日本発の技術、多くのポテンシャルを秘めたミュオグラフィは今後、私たちに何を見せてくれるのだろうか。(曽谷絵里子)

宇宙からまんべんなく降り注ぐミュオン。数キロメートルの岩盤をも貫通する透過力を持つミュオンを使ったミュオグラフィは、まさに“地球規模のレントゲン”だ。東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構の田中宏幸機構長らは、これまでに原子力発電所のメルトダウンやピラミッドなどを可視化。調べる手段さえなかった巨大構造物の中身を画像として見せてきた。火山透視では人工知能(AI)を利用した噴火予測も始まっている。

このミュオグラフィを海域に展開し、東京湾における天文潮位のリアルタイム測定や台風通過に伴う気象津波の観測に世界で初めて成功。現在、アクアライン海底トンネル内には約50個のミュオグラフィセンサーモジュールが設置され、観測が続けられている。

ミュオグラフィの多様な可能性を示してきた田中機構長は、「全地球規模の課題解決に生かしたい」とミュオグラフィの海域展開へのきっかけを語る。地球温暖化による海面上昇や異常気象など海域の課題は山積みだ。

ただ、陸上の技術を水中に展開するのは容易ではない。水圧に耐えるよう圧力容器に入れ、通信環境をどう整備するかなど、あらゆる問題がつきまとう。

これを解決したのが「触れずに調べられる」ミュオンの特徴だ。海底トンネル内に設置することで、海中であることの難しさを克服した。海水、岩盤を通り抜けてきたミュオンをトンネル内のセンサーで検知する。

津波・高潮への防災に

UUS(アーバンアンダーグラウンドスペース)を活用することで通信などのインフラを利用でき、リアルタイム観測が可能となる。UUSは災害時も電源などのバックアップが整い、従来の潮位計などと違い「激甚災害時にもモニタリングし続けられる」(田中機構長)。

海底トンネルを利用したミュオグラフィのコンセプト(東大・田中宏幸教授提供)

モジュール数を増やせば精度向上も見込め、異常波浪到達前のイメージングも可能となる。さらに地下資源開発やCCSモニタリングへの活用なども期待される。実際にイギリスなど海外では多くのプロジェクトが進み、多分野の研究者が集まってミュオグラフィの新たな活用法を見いだそうとしている。

一方で、日本で活用拡大が進まない現状もある。より確実性の高いものへの投資に限られる日本では、“何ができるかよく分からない”ミュオンは置きざりだ。田中機構長は若い世代の関心の高さを実感し、歯がゆさを隠せない。21世紀を代表する技術とも言われるミュオグラフィ。その限りない可能性を生かせるか試されている。

日刊工業新聞2022年7月18日

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