KDDIの大規模障害でMVNOに商機か、IoT通信で高まる冗長化需要
7月に発生したKDDIの大規模通信障害では、物流や自動車向けなど最大約150万のIoT(モノのインターネット)回線に影響が及び、携帯通信網のリスクが浮き彫りになった。こうした中、複数の通信事業者の回線に対応したIoTサービスに注目が集まっている。障害発生に備え、通信を冗長化(多重化)したい企業のニーズが高まっているためだ。同サービスを展開する仮想移動体通信事業者(MVNO)の動向を追った。(張谷京子)
複数回線サービス脚光
「複数のキャリア(通信事業者)を組み合わせて使うことが、傾向としてますます強くなっていくと思う。当社にとっては追い風になる」―。MVNO大手であるインターネットイニシアティブ(IIJ)の勝栄二郎社長は、こう期待する。
MVNOは自社で通信網を持たず、NTTドコモやKDDIといった移動体通信事業者(MNO)から回線を借りて通信サービスを提供している企業を指す。自社回線網を活用したサービスを扱うMNOとは異なり、複数社の回線網を提供できる。こうした特徴を生かし、MVNOは複数キャリアに対応したIoTサービスを展開している。
IIJがIoT向けで提供する通信冗長化の方法は主に三つ。一つ目が、固定回線と無線をセットで提供する方法。二つ目が、1台の端末に2枚のSIMカード(契約者情報記録カード)を挿入する「デュアルSIM」。三つ目が、無線機器自体を2台用意する方法だ。1台がドコモに、もう1台がKDDIにつながるため、片方の通信網で障害が発生した際にも安定した通信を確保できる。
こうしたサービスへの問い合わせは、KDDIの障害発生後に急増した。IIJのMVNO事業部ビジネス開発部の佐久間大シニアコンサルタントによると、「通常の1カ月分の問い合わせが、2週間で来た」。
海外ローミング活用拡大も検討
KDDI傘下のソラコム(東京都世田谷区)も、複数回線対応のIoTサービスを提供するMVNOの1社。手がけるのは、1枚のSIMで2回線以上に対応する「ローミング」という方法だ。
同社は、日本を含むグローバルで利用できるSIM「SORACOM IoT SIM」を独自に発行。複数の海外通信事業者と契約することで、通信サービスを提供している。日本では現在、法制度の問題などがあり、ローミングが実現していない。しかしソラコムの場合、提携する海外通信事業者が日本のMNOと契約しているため、「海外ローミング」として日本でも利用可能というわけだ。
例えば、同SIMの日本国内利用者向けのオプションプラン「planX1」ではドコモ、KDDI、ソフトバンクの3回線に対応。用途や地域に応じて回線を切り替えて利用できるようになっている。
ただ、海外ローミングは一般的に「通信費が高い」(業界関係者)。その上、通信障害時に自動的に回線が切り替わるものではない。デバイス側で切り替えを自動化するプログラムを書く必要があり、手間がかかるという難点もある。
このため、ソラコムのSIMはこれまで、通信冗長化の用途というよりは、通信エリアの対象を広げるために利用されることが多かった。例えば、複数の国で使用するIoT製品などで利用されている。しかしKDDIの障害発生後は「一時的に、冗長化の方法についての問い合わせがあった」(ソラコム)。現在、問い合わせの数は「落ち着いている」(同)ものの、通信冗長化の用途としてローミングを検討する企業が今後出てくる可能性は考えられる。
大手キャリアもBCP支援急ぐ
デュアルSIMや海外ローミングなど、複数回線対応のIoTサービスを展開するNTTコミュニケーションズ(NTTコム)への問い合わせも、KDDIの障害発生以降、増えたという。NTTコム5G&IoT部IoTサービス部門の安江律文担当部長は「今回の障害を契機に、企業側の(通信冗長化に関する)意識が高まってきている」とみる。
スマートフォンや動画配信サービスの普及などでトラフィック(通信量)が増大し、通信ネットワークが複雑化する中、通信障害のリスクをゼロにすることは困難だ。2018年のソフトバンク、21年のドコモ、22年のKDDIと、過去5年間だけをみても各社で大規模通信障害が発生しており、IoT利用企業には自衛が求められる。MVNOのサービスの利用は、一つの解になり得る。
ただ、全てのIoTにおいて、通信冗長化の対策が必要になるとは限らない。例えば水田の水位や水温を管理するIoTセンサーなどは、通信障害などで一時的にデータ通信が不通になっても大きな被害には至りにくいと考えられる。冗長化対策を行う際には、コストとの兼ね合いも重要になる。
MNOもIoT向けで通信冗長化への対応を急ぐ。KDDIの高橋誠社長は「今回の件をおわびするために(IoTを利用する顧客)各社を回っている。事業継続計画(BCP)について、もう一度考え直さないといけないと認識している企業は多い」と明かす。その上で「(通信障害発生時にIoT利用企業が困らないような対策を提案することで)万が一のことが起きた場合に、できるだけ世の中のインパクトを下げることをしないといけない」と気を引き締める。
NTTの島田明社長も「顧客の事業継続性をどう担保していくか考えていく必要がある」と言及。今後ドコモ回線を契約する顧客などに対し、他社回線を用いたバックアップサービスを提案していく可能性を示唆した。
ソフトバンクの宮川潤一社長は、「私どもが通信障害を起こした当時よりも、通信の社会インフラとしての重要度が増している」と強調。ローミングについても「本気で考える時期にきた」と語る。
現在、まずは警察や消防への緊急通報でローミングを導入することを求める声が高まっている。ただ宮川社長は「(大規模通信障害などに伴い)当たり前の環境が当たり前でなくなった時に、119番や110番の通話確保だけで、世の中のパニックが収まるのかというと、あまり機能しないと思う」と持論を展開。緊急通報向けの対策だけでは不十分との考えを示した。将来的にIoTなどのデータ通信でも、ローミングが導入される可能性はありそうだ。