「自分の立ち位置をしっかりと捉える」栗本鉄工所会長の経営哲学
「自分の立ち位置をしっかりと捉えることで、次の一歩を踏み出すことができる」。
栗本鉄工所の串田守可会長は、足元を見るという意味の禅語「看脚下」を座右の銘とする。企業の歴史や主力事業の強みを知ることで、「飛び地に見える市場でもコア技術がつながっていく」。ある企業経営者が説いた「本業を離れるな、続けるな、中身を変えよ」という言葉を自らの経営でも実践し、鉄を主軸に領域を広げる「強い組織」への変革を目指してきた。
栗本鉄工所は1909年に創業。主力のダクタイル鉄管は水道などのインフラ事業を支え続けている。ただ、「本業の鉄管だけを売っていたが、今は管路の設計まで手がけるようになった」。鉄管売り切りの販売スタイルから、設計・構築を含むソリューション型営業への変遷は同社の転換点の一つだ。今後は「さらに新市場にいかなければ」と先を見据える。
期待するのが磁気を通すことで硬さが変わる鉄の流体「ソフトMRF」など新素材の開発だ。ソフトMRFの活用により「遠隔医療で感触を伝えられたり、ペットの手触りを再現したりできれば、バーチャルが現実にとって代わるかもしれない」。こうした開発も鉄と「地下水脈で繋がっている」からこそ実現したものだ。
「高度成長期は物をたくさん作れば売れたが、今は(既存事業と新事業の)“境界線”を超えなければならない。そんなときに立ち位置が把握できなければ、目的地への距離もわからない」。
身の丈を超えた領域に踏み出し、市場に翻弄(ほんろう)される企業を経営者としていくつも見てきた。新事業に挑戦する中で、ヒト、モノ、カネ、情報といった自社の資産を把握することが何より重要だと強調する。
そのために大切にしているのが現場だ。「何か問題が起こったら、現場でモノを見る。経営計画は数字や言葉だけでも作れるが、現場を知らなければ誰もついてこない」。営業利益を0・1%上げるにも、血のにじむような現場の努力がいる。串田会長は「変わる、稼ぐ」をスローガンに掲げる一方で、現場の努力を見過ごしてはならないと、自身に強く言い聞かせる。
組織が大きくなると、経営陣と従業員の意識に開きも出る。現場とのコミュニケーションの機会を増やし、お互いに共感しあえる「他人を感じる力」をいかに高めるか。強い組織になるための模索に終わりはない。
【略歴】くしだ・もりよし 79年(昭54)神戸大院土木工学博士修了、同年栗本鉄工所入社。04年取締役技術開発室長、10年常務取締役技術開発本部長、13年専務取締役、14年代表取締役専務、16年社長、21年会長。京都府出身、68歳。