次世代太陽電池「ペロブスカイト」の研究開発競争に火が付いた日
茨城県つくば市にある産業技術総合研究所の一画で、次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池(PSC)」の研究開発を加速させる新たな「研究室」の準備が進んでいる。PSCの実用化を目指す企業が関連装置などを共同利用できる場として2023年度の開設を予定する。この準備を主導するのが産総研ゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)有機系太陽電池研究チームの村上拓郎チーム長。かつてPSCに世界が注目するきっかけを生んだ一人だ。
PSCは桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授が09年に発明した。ただ、当時のエネルギー変換効率はわずか4%未満だったため、ほとんど注目されなかった。その状況が変わったのは3年後。宮坂研究室で学んだ村上チーム長(当時・産総研太陽光発電工学研究センター研究員)と、英国オックスフォード大学のヘンリー・スネイス教授(当時・英オックスフォード大学講師)の共同研究を通して変換効率が10%を越えたときだった。この成果をまとめた論文が12年に米科学誌『Nature(ネイチャー)』に掲載されると研究開発は活発化した。その後、変換効率が急上昇してPSCが次世代太陽電池の本命に躍り出る引き金の一つになった。
ペロブスカイト太陽電池:PSCは灰チタン石(ペロブスカイト)と同じ結晶構造を持つ有機無機混合材料でできた次世代の太陽電池。フィルムなどの基板に溶液を塗布して作製するため製造コストを安価にできると見込まれるほか、軽く柔軟な特性を持たせられる。
伝えられた驚きの成果
「Really(マジかよ)」。2011年秋、産総研研究員の村上拓郎氏は駅のホームで思わず声を漏らした。共同研究の相手だった英オックスフォード大講師のヘンリー・スネイス氏に驚きの成果を伝えられたからだ。それはPSCの変換効率が10%を越えた知らせだった。スネイス氏の研究テーマである、色素が光を吸収して電気に変える仕組みを生かした「色素増感太陽電池」の電解液を固体化させる技術についてPSCに応用して得た成果だった。
「当時は電解液を使う湿式の色素増感太陽電池の変換効率は約11%で、固体(を使う乾式の変換効率)は6%程度でした。固体(の電池)が湿式の変換効率を超えるなんて通常は考えられないことで、非常に驚きました」(村上氏)
村上氏がスネイス氏と出会ったのは05年。場所は、桐蔭横浜大の宮坂研究室から留学したスイス連邦工科大学ローザンヌ校だった。色素増感太陽電池の権威であるマイケル・グレッツェル教授の研究室に、互いにポスドクとして所属し、やがてお酒を飲み交わす仲になった。
07年にはそれぞれ講師の職を得て自国の大学に戻ったが、再開の日はすぐに訪れる。09年に色素増感太陽電池の共同研究を始めた。
「お互い講師として大学に着任したばかりで研究費がありませんでした。その中で日本とイギリスの共同研究に予算が付く科学技術振興機構(JST)の戦略的国際共同研究をヘンリーが見つけ、一緒に申請しました」
PSCとスネイス氏の出会い
村上氏とスネイス氏が共同研究を始めた頃、宮坂研究室が成果を出す。ペロブスカイト結晶を材料に使った太陽電池を作り、その論文が09年に米国化学会誌に掲載された。共同研究のための打ち合わせでスネイス氏が来日していた際に、この成果の祝賀を兼ねて宮坂研究室のメンバーなどと懇親会を開いた。その場が、結果的にPSCが注目を集める成果につながっていく。
「懇親会の雑談の流れで(我々の共同研究で)PSCを固体で作ってみようとなりました。もちろん結果が出るかは分からないけれど、ペロブスカイトという新しいもので、やったことがないことだからやってみようと」
10年にスネイス研究室の学生であるマイケル・リー氏が来日。宮坂研究室でPSCの作成法を習得した。ただ、研究室には固体の太陽電池に必要な金属電極を作るための蒸着装置がなく、リー氏はその装置があるオックスフォード大に戻って研究を続けた。
「(離日した)マイケル(によるPSC固体化)の研究結果がどうなったかは時折、ヘンリーに聞いていました。ただ、ずっと研究室に引きこもっているということで、よくわからない状況が半年くらい続きました」。
朗報は突然もたらされる。それが、講演のスピーカーとしてスネイス氏を日本に招待し、講演会場の東京大学駒場キャンパス(東京都目黒区)に案内する道中の駅のホームだった。
「(PSCの変換効率が10%を越えた成果を聞いた駅のホームで)ヘンリーは論文を(英国科学雑誌の)『Nature(ネイチャー)』に出す意向を語っていました。結果的にネイチャーの掲載はなりませんでしたが、『サイエンス』に掲載されました」
「実用化を見届けたい」
サイエンスに掲載された論文は一躍注目を浴び、PSCの研究開発競争に火を付けた。しかし、村上氏自身はそれまで通り、色素増感太陽電池の研究を続けた。
「そのときの雇用状況からすぐに研究対象をPSCに移すことはできませんでした。また、変換効率が10%を越えたと言っても当時はまだ色素増感の方が高かったですから。ただ、もしPSCに研究対象を移していたら論文をたくさん書けていたかも知れませんね」
それでも15年度からはPSCの高効率化に関わる研究を始めた。そして現在は、産総研GZR有機系太陽電池研究チーム長として重責を担う。政府は2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)達成に向け、企業による脱炭素関連技術の研究開発などを強力に推進している。その「グリーンイノベーション基金」事業の一環として、村上氏はPSC実用化に挑む企業が使える研究基盤の整備へ指揮を執る。
「(「研究室」開設に向けて)現在はひたすら調達のための問い合わせや打ち合わせの毎日で、自分で研究したいなぁと思うことがありますよ」
村上氏はそう苦笑いを浮かべながらも続ける。
「とにかくペロブスカイト太陽電池の実用化を必ず見届けたいです」
PSCは化成品の原料溶液を活用して印刷などの技術で作製するため、材料メーカーの新規参入などが期待される。産総研が開設する新たな「研究室」には、PSC太陽電池のセルを自動で作成できる装置などを備える予定。PSCを作るノウハウがなくても自社開発の材料でセルを作成し、その材料の善し悪しを評価できる体制を整えて、材料メーカーなどの参入障壁を下げる狙いがある。村上氏はPSCの実用化へ、企業による参入促進という新たな火を付けようとしている。(取材・葭本隆太)