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次世代太陽電池の本命…日本発「ペロブスカイト」、激化する開発競争の現在地

連載・脱炭素イノベーション#01
次世代太陽電池の本命…日本発「ペロブスカイト」、激化する開発競争の現在地

ペロブスカイト太陽電池(PSC)研究の第一人者である桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授。手にしているのがPSC

次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池(PSC)」の実用化が近づいている。積水化学工業東芝アイシンが2025年以降の事業化を見据え研究開発を加速する。PSCは軽く柔軟で、既存の太陽電池は設置できない耐荷重の小さい工場屋根や壁などに設置できるため、政府は脱炭素のキー技術として実用化を後押しする。一方、海外企業の動きも活発だ。50年に5兆円とも試算される次世代太陽電池市場を狙って開発競争は激しさを増す。(取材・葭本隆太)

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「研究ではなくなってきた」

「PSCは研究ではなくなってきた。(私は)『製品開発者』になっている」。積水化学R&Dセンター先進技術研究所次世代技術開発センターの森田健晴センター長は、PSC事業化へ確かな手応えを感じている。21年秋までに印刷加工の技術を活用して電子デバイスを効率よく量産するロール・ツー・ロール(R2R)方式により変換効率14.3%(現在は15.0%)で屋外設置で10年相当の耐久性を持つ30cm角PSCの生産に成功した。

この成果を公表して以来、PSCの活用意向を持つ政府や企業などの問い合わせが相次ぐ。PSCには積水化学の技術がふんだんに生かされており、同社は30年に向けた事業の柱と期待する。まだ生産が不安定であり、低水準の歩留まりを改善するという最大の課題は残るが、事業化への道が見えつつある。

積水化学は30センチメートル幅のロール・ツー・ロール方式でPSCを生産する要素技術をほぼ確立した(積水化学提供)

PSCは灰チタン石(ペロブスカイト)と同じ結晶構造を持つ有機無機混合材料でできた太陽電池。フィルムなどの基板に溶液を塗布して作製するため製造コストを安価にできると見込まれるほか、軽く柔軟な特性を持たせられる。

桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授が09年に原型となる論文を発表し、世界で研究が進んだ。直近7年で変換効率が約2倍に向上し次世代太陽電池の本命に躍り出た。政府は太陽電池の設置場所が増え再生可能エネルギーの導入拡大が見込める、主要材料のヨウ素の生産量は日本が世界シェアの約3割を占め資源リスクが低いなどの理由で実用化を後押しする。

その推進策の一つが、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業だ。30年に既存のシリコン系太陽電池並みの発電コスト(1kwh当たり14円以下)達成を目標に掲げ、予算200億円で積水化学や東芝、アイシンなどの研究開発を支援している。

積水化学は同事業でR2R方式を現在の30cm幅から1m幅に拡大して低コスト化する。25年の事業化当初は30cm幅での生産を想定するが、1m幅の製造技術を確立し、低コスト化の見通しをつけた上で事業化したい考えだ。需要先は「既存の太陽電池が設置できない場所」。特に公共関連の大規模需要に関心を示す。国土交通省は再生エネ導入拡大に向けて鉄道の線路脇などにPSCを設置する可能性を検討中(※1)。積水化学の念頭には、こうした動きがあるようだ。

※1:国交省は駅施設や線路わき、鉄道車両の基地などを活用した再エネ生産の事業性を検証し、それを基に鉄道事業者やメーカーなどが取り組むべき事項について時系列でまとめた工程表を22年度中にまとめる。この再生エネを生み出す手段として、既存の太陽電池では置けない場所に置けるPSCが検討対象になっている。ただ、国交省鉄道局総務課は「PSCは耐久性などの面でまだ課題があり、未来の技術と聞く。その活用は視野にあるが、(22年度末に向けて)事業性をどこまで検証できるかは不透明」と現時点では慎重な姿勢を示す。

将来は車載用も

東芝も事業化競争の前線にいる。21年9月には703㎠のフィルム型PSCで変換効率15.1%の世界記録を達成しており、25年度の事業化を目標に掲げる。やはり既存の太陽電池が設置できない場所を需要先として想定する。事業化初期はコストがやや割高になると見込まれるため、事業活動で使う電力全量の再生エネ化を目指す国際組織「RE100」に参加するなど、環境意識の高い企業への訴求を検討している。

東芝が開発したペロブスカイト太陽電池(東芝提供)

アイシンは25年度末から自社グループ工場の屋根や壁に設置して実証し、その後の事業化を目指す。「自動車部品メーカーとして将来は電気自動車(EV)の走行距離向上に貢献する車載用に挑戦したい」(アイシン先進開発部の中島淳二主席技術員)という。

パナソニックホールディングス(HD)やカネカも事業化の具体的な時期などは公表していないが、研究開発を推進している。パナソニックHDはガラス基板を使った30㎝角のPSCで変換効率17.9%の世界記録を持つ。同社の小川立夫執行役員グループCTOは、6月に開いた同社の技術部門に関する説明会で「できるだけ早い時期に事業化のロードマップを公表したい」と力を込めた。

カネカはPSC単体のほか、シリコン系太陽電池とPSCを積層するタンデムによって太陽光の幅広い波長に対応し、高い変換効率を実現する研究開発に注力している。すでに1㎠のセルでは30.0%に迫る変換効率を実現したという。今後は「既設のシリコン系太陽電池の交換時期も見据えながら、住宅の屋根やビル壁面などでの使用を想定した大型モジュールの研究開発を進めていく」(カネカ)考えだ。

《新規事業創出のモデルに》
 PSCの事業化を新規事業創出のモデルケースにしようと挑む中堅企業がいる。ホシデンだ。既存のタッチパネル事業の技術やインフラが生かせるとみて、PSCの技術を持つ京都大学発スタートアップのエネコートテクノロジーズ(※2)と協業して事業化を目指す。ホシデン表示部品生産統括部の滝川満統括部長は「弊社は長らく新製品を出せていない。それをオープイノベーションで生み出す成功例を作りたい」と意気込む。
ホシデンはPSCを活用したIoT機器・センサー用の電源モジュールを開発する(ホシデン提供)
 狙う用途はIoT(モノのインターネット)機器・センサー用の電源モジュール。可視光領域の波長を強く吸収し、室内光でも高い変換効率を維持できるPSCの特性を生かす。「屋外用は耐久性などの問題で実用化のハードルが高い。大手のような10年単位の研究開発は難しいため、室内用で事業化して売り上げを上げながら実績を積み重ねて屋外に展開する」(滝川統括部長)考えもある。22年度中にサンプル提供を始め、24年度以降に量産化する。

一方、事業化やその先の普及に向けて課題は残る。PSCは微量だが毒性のある鉛を含む。スズなど代替材料の研究は進むが、高い変換効率を出す上で鉛は重視されており、実用化時は適切な管理体制の構築が必要になりそうだ。性能面では大面積での変換効率の低さや寿命の短さが指摘される。特に「耐久性を20年以上に向上させるにはいくつかのブレークスルーが必要」という声が聞かれる。ただ桐蔭横浜大の宮坂特任教授は「世界で多くの研究者が耐久性の課題に挑んでおり解決は時間の問題ではないか」と見通す。

中国勢は「不気味な存在」

PSCは世界が注目しており、海外企業の動きも活発だ。日本のエイチ・アイ・エス(HIS)が出資するポーランドのサウレ・テクノロジーズは21年5月に生産工場を完成させた。コロナ禍の影響で量産開始は遅れているが、HISは「我々は日本、アジアでの販売権を保持しており、製品の実用化が進めば日本に量産工場を建設する」と明かす。また、英オックスフォードPVも有力企業とされる。シリコン系とPSCのタンデム型による高効率な太陽電池の事業化を目指している。

一方、国内の関係者が特に気を揉むのが中国勢の動向だ。シリコン系太陽電池は、官民を上げて大規模投資した中国勢にシェアを奪われた。PSCを手がける中国企業としては、19年に1GWのセル生産ラインを22年までに設置する方針を示したGCLナノテクノロジーや、ワンダーソーラーなどの名が上がる。ただ、詳細の動向は見えず関係者から「不気味」という声が漏れる。

国際競争をどう勝ち抜くか。技術流出の防止は最大の課題として関係者が口を揃える。また、NEDO新エネルギー部の山崎光浩主任研究員は前出のNEDO事業で企業と大学の連携体制など5つのグループを支援していることに触れ、「国内の複数グループで競争関係を保ってもらう(ことが重要)」と説明する。

一方、PSCの研究開発で積水化学などと連携する東京大学先端科学技術研究センターの瀬川浩司教授は、中国勢による今後の大規模投資の可能性を指摘した上で、「日本企業も大事な分野だと判断したらもっと投資すべきだ」と訴える。

NEDOはPSCを含む次世代太陽電池の世界市場が50年に5兆円と試算する。この巨大かつ激しい競争が見込まれる市場に挑む企業には、事業投資の本気度も問われそうだ。

《産総研が企業と知見共有する「研究室」開設へ》
 茨城県つくば市にある産業技術総合研究所の一画でPSCの研究開発を加速する新たな「研究室」の準備が進んでいる。PSCの性能を評価したり、セルを自動で作成したりできる装置などを整え、PSCの事業化を目指す企業も利用できる場として23年度の開設を予定する。この準備を主導する産総研ゼロエミッション国際共同研究センター有機系太陽電池研究チームの村上拓郎チーム長は「PSCの事業化に直結する一方で、企業が取り組みにくい基礎的な技術基盤を整えたい」と意気込む。

 研究室に備える設備の一つが、大面積モジュールの性能評価装置だ。PSCは光の応答性が悪いため、変換効率を評価する際には光を一定時間当て続ける必要がある。また、幅1mを越える大面積の場所に光を一定時間、均一に当て続けることは難しい。産総研はそうした課題に対応して、大面積モジュールの変換効率を正しく評価できる装置を新たに開発する。同時に、屋外で実際の太陽光を使ってPSCの性能を評価できる測定法の開発も進める。

 一方、セル自動作成装置の整備は、材料メーカーの参入障壁を下げる狙いがある。PSCを作るノウハウがなくても自社開発の材料でセルを作成し、その材料の善し悪しを評価できるようにする。加えて人工知能(AI)を活用して材料の最適な組み合わせを探索できるシステムも整える。

【関連記事】京大発スタートアップは屋内向けペロブスカイトで実用化を狙う

日刊工業新聞2022年7月13日記事に加筆
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
「小さなことの積み重ねでしかイノベーションは起きない」。東大の瀬川教授の言葉が印象に残っています。次世代太陽電池の事業化に向けて、かつて積水化学やアイシンは色素増感型を、東芝は有機薄膜型の研究開発を積み重ねていました。しかし、それぞれ壁にぶつかり、研究対象をPSCにシフトした経緯があります。ですが、各社はPSCの研究開発において、色素増感型や有機薄膜型の研究で培った技術や知見を礎にしています。過去から続く研究の積み重ねが太陽電池の世界にイノベーションを起こそうとしています。

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