京大が基盤開発に挑む、AI時代の新しい民主主義の形
フェイクニュースやポピュリズムの台頭で民主主義が揺らいでいる。人工知能(AI)技術は社会の偏見や差別を増長させるという懸念もある。京都大学の伊藤孝行教授らはAIと共に熟議を重ねるハイパーデモクラシープラットフォームを開発する。AIが一人一人の意見を吸い上げ、議論のファシリテーションを担う。アフガニスタンではAIの差配は人より公平だと評価された。新しい民主主義の形を作ろうとしている。(小寺貴之)
「イスラム主義組織タリバンの実権掌握後、我々の『D―agree』のユーザーが急増した。活発な議論を見て社会に必要なシステムだと確信した」と伊藤教授は振り返る。伊藤教授らは科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)として、AIと人間が共に作る民主主義のための合意形成基盤を開発する。アフガニスタンでは市民や政府の議論に使われている。
D―agreeでは議論の構造に着目して発言を整理する。課題と解決策、解決策への賛否の評価の三つにテキストを分類し、課題に対しての解決策、解決策への評価とネットワーク構造を作る。評価待ちの解決策があればAIが意見を集め、解決策待ちの課題があれば議論の場に問いかけるというように交通整理する。伊藤教授は「AIのファシリテーションは人に任せるより公平と評価された」と振り返る。
ここに2021年8月の米軍撤退とタリバンによる実権掌握が起きた。フェイスブックなどが閉鎖され、D―agreeに市民の声が流れてきた。実権掌握前は三つのバランスがとれていたが、掌握後は課題でいっぱいになった。社会の変化を捉えていた。
名古屋市でのワークショップでは人でのファシリテーションよりもAIでのファシリテーションでの発言が1・6倍に増え、AIと人が共にファシリテーションすると2・7倍になった。24時間即応するAIが発言を促し、深く考える問いかけは人間のファシリテーターが担った。
現在は一人一人に寄り添うパーソナルAIを開発する。例えば会議の前に、議題についてのブレーンストーミングを手伝う。AIがユーザーから出てきたアイデアに似たアイデアや違うアイデアなどを問いかける。自分の考えを整理できる。
議論の構造から経過をまとめた要旨を生成する技術も開発した。伊藤教授は「優れた議事録とまではいかないが、議論の推移を把握できる」と説明する。政治では議論を経て合意形成しても、その議論に参加しなかった人が結論に驚くことがある。議論の推移に納得できれば社会の意思決定はスムーズになる。
CRESTではパーソナルAIを組み込んだ「X―agree」の社会実装が目標だ。その先にはシミュレーションを回しながらAIと議論を深めるシステムを構想する。浸水や住民避難をシミュレーションしながら堤防の形を議論するなど、地域の課題を解くプラットフォームに育てていく。