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国研法人「NIMS」はなぜ広報業界の権威ある最高賞を受賞できたのか

2021年12月。物質・材料研究機構(NIMS)は、研究ではない領域で脚光を浴びた。PRアワードグランプリ。並み居る大手代理店を抑え、広報業界の権威ある最高賞を研究機関が受賞。本賞始まって以来の快挙だった。

NIMSは研究で成果をあげると同時に、材料研究を担う次世代の勧誘に並々ならぬ力を入れてきた。材料研究の兄貴分として、自身の宣伝も去ることながら日本の材料研究全体の底上げに取り組むと決めている。今では毎年春になると「その昔、NIMSのYouTubeに出会い材料研究を志し、ついにその道の大学に進むことになりました」といった知らせが相次ぐ。

活動の中心はYouTubeチャンネル「まてりある’s eye」に掲載する科学動画である。科学を解説する従来型の動画ではなく、知りたくなる気持ちを作ることを重視した独自の手法が特徴だ。チャンネル登録者数は18万人。動画1本当たりでは大人気の宇宙航空研究開発機構(JAXA)と比べても10倍以上の人数を獲得。一般公開の来場者が4年で9倍に急増するなど高い広報効果を誇る。

地味な材料分野でのこの成果に大いなる可能性を感じている。科学離れが叫ばれ、教育や政策の問題が指摘されるが、実は最先端の研究現場を持つ機関が果たせる役割は大きいのではないか。大学や研究所の広報活動は明確な目的を置かず「知名度」という漠としたものを追究しがちである。しかしPRは本来ちがう。誰にどのような行動変化を引き起こしたいのか。若手人材の減少という具体的な課題の解決に挑む意思をはっきり掲げたのがNIMSだった。

科学には二つの価値がある。一つはもちろん研究成果そのものだ。これはやがて社会に還元され誰もが享受できるものとなる。しかし科学にはもう一つの価値がある。科学の持つ人を感動させる力。発見のわくわく感といってもよい。こちらは実験室という閉じた空間で起きている。誰かが積極的に外に伝えていかなければ享受できない価値だろう。しかし、若者たちを科学の世界にいざなうのは、もしかしたらこの二つ目の価値ではないか。だからこそ広報する価値がある。そう信じてきた8年が実を結んだ。

日本中の研究機関が一丸となって、材料以外の分野でもこうした活動が実現されれば、科学立国日本の将来は、今より明るいものになるにちがいない。

物質・材料研究機構(NIMS) 経営企画部門 広報室 マイスター 小林隆司

大阪大学理学部卒。元NHK科学番組ディレクター。放送文化基金賞,科学放送高柳賞など。2011年NIMS。文部科学大臣表彰。科学技術映像祭。PRアワードグランプリ。産総研広報部兼務。

日刊工業新聞2022年4月20日

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