地球温暖化抑制に不可欠な「永久磁石」、世界をリードする研究の今
永久磁石が地球温暖化抑制に不可欠な材料として重要度を増している。物質・材料研究機構(NIMS)は、希少元素を使わない高性能永久磁石開発の分野で世界をリードする研究成果を挙げている。
永久磁石は家電製品、情報機器、電動車のモーターと回生発電機、風力発電機といった、電気と動力を変換する機器の磁力源に用いられる。コイルに電流を流すのとちがい、永久磁石は定常的に電流を流さなくても安定した磁力を得られるので、磁石をうまく使うモーターや発電機はより高効率で、二酸化炭素削減に貢献する。
2011年のレアアースショックによるレアアース価格の急騰は記憶に新しい。12年にNIMSが中核機関となり国内15機関(通算)が結集して発足した文部科学省「元素戦略磁性材料研究拠点」では、希少元素を使わず高性能の永久磁石を実現するため、磁石材料の特性の起源解明や理論限界の明確化により、産業界における磁石開発の指導的な原理検証を行ってきた。
レアアース磁石開発においては、組成選択やプロセス開発の基盤となる熱力学の情報が10年前は乏しく、経験と勘に頼る非効率的な材料開発に陥っていた。
そこで、多くの元素を同時に含む実際の磁石材料で、どの温度でどの相がどれくらい生成するかを計算できる熱力学の研究分野に力を入れ、それを大型放射光施設「スプリング8」の放射光X線回折で検証するなど、組織横断的な専門家の努力で実用的な計算が可能になってきた。
こうした基礎的な研究はレアアース磁石開発の指針を与えるものである。NIMSは13年、喫緊の課題だったジスプロシウムを使わないネオジム磁石を実現した。現在その基礎研究を土台に、各磁石メーカーが開発した磁石が電動自動車に搭載されている。
さらにNIMSは、ネオジム磁石を構成するネオジム鉄ホウ素化合物を超える性質を持つ物質の存在を実証した。その純粋な化合物(1―12型サマリウム鉄コバルト)は薄膜でしか得られないが、組成を調整することにより、約100度C以上の高温でネオジム鉄ホウ素化合物を超える磁気特性が得られることを合金塊や粉末で実証している。
磁石材料としての実用化は今後の課題だが、これら新物質の存在を実証し得たことは、物質の理論限界を追求する研究から生まれた成果である。今後は、データ駆動型研究手法を取り入れることにより、次世代の新規磁石材料の研究が加速することが期待される。
物質・材料研究機構(NIMS)元素戦略磁性材料研究拠点 代表研究者 広沢哲
53年京都市生まれ。81年京大学工学博士号取得。米ピッツバーグ大、米カーネギーメロン大でのポスドクを経て84年に住友特殊金属(現日立金属)勤務。21年からNIMS元素戦略磁性材料研究拠点代表研究者。