シェアリングやNFTの導入で注目高まるアート市場
コロナ禍により、住環境を充実させようという人が増加している。その流れの中で、アートを手軽に生活に取り入れられるシェアリングサービスが成長しつつある。美術館での鑑賞以外でアートに触れる機会を増やし購入の敷居を低くするとともに、市場の裾野を広げることが期待される。また、投資対象としての注目も高まっている。(取材・昆梓紗)
月額2200円から絵画が届く
「どこで買えるのか知らない」「相場がわからない」「選ぶ基準がわからない」―そんな“アート初心者”が気軽にアートのある生活を始められるサービスがある。Casie(京都市下京区)の運営するアート作品のサブスクリプションサービス「Casie(カシエ)」だ。コロナ禍の2021年に会員数が前年比8倍に増加した。
同サービスでは作品そのものの価格に関わらずサイズごとに3つのプランを用意しており、月額2200円から絵画を借りられる。作品選定時にはコンシェルジュのサポートも受けられる。最短1カ月で他の絵画への交換が可能となっており、多くのユーザーが3カ月ほどで交換を依頼している。現在ユーザー数は約5500名、30~40代の女性が多い。
同サービスには法人向けプランもあり、ユーザーの約30%を占める。「コロナ禍でオフィスで仕事をする機会が減る中で、出社の価値を高めるために絵画を飾りたいという声があった」(同社広報のオギユカ氏)。
また、アーティストへの支援にも力を入れている。藤本翔代表取締役CEOの父が画家で、作品発表の機会を満足に得ることができずに苦労した姿を見てきたことが創業の背景にある。一般的な画廊では売上金額の約50%しかアーティストに還元されないが、同サービスでは作品の委託は無料で、レンタル金額の35%が報酬となる。ユーザーは気に入った作品を買い取ることもでき、その場合は売上金額の60%がアーティストの報酬になる。現在、約1200名のアーティストから約1万3000点の作品を預かり、レンタルや販売を行っている。
さらに、よりサービスの利用開始ハードルを下げることを目的に、22年3月より「アート診断」サービスを開始した。同サービスでの約1万9000回の作品交換時のデータに基づいた質問に答えるだけでアート選びの軸と好みを分析し、それに合った作品を提案する。診断のみは無料で、診断結果に基づいた作品をおまかせで送付するプランを初回利用に限り550円で利用できる。サービス利用開始後のユーザー定着率は高いことから、まずは多くの人に利用してもらうことに注力する。
デジタル所有と投資
アートをデジタル上で所有し、楽しみながら投資につなげるサービスも登場している。ANDART(東京都港区)が運営する「ANDART(アンドアート)」は、絵画や彫刻など有名作品の共有持分権(オーナー権)を1万円から売買できる、アート共同保有プラットフォームだ。
「他国と比較しても日本では美術館入場者数はトップクラス。ただ購入する人は極めて少ない」と、同社広報の江川みどり氏は話す。世界のアート市場のうち、日本が占める割合はわずか3197億円だ。この現状に対し、一部の富裕層だけでなく、初心者でも作品購入を身近に感じてもらい、市場を広げることを目指し、19年に同サービスはスタートした。
現在41作品の販売を行い、会員数は約1万8000人。作品ごとにオーナー権が売り出され、ユーザー間で売買が可能。実際の作品は同社の専用倉庫に保管されており、オーナーになるとデジタル上での鑑賞が可能なほか、年に数回リアルでの鑑賞機会に参加できる。少ない投資で有名な高額作品のオーナーになることができ、飾る場所がなくても作品にアクセスできるといったメリットがある。
また、アート作品は値下がりしにくい投資対象としても注目されている。同サービスのユーザーの多くは20~40代の比較的年収の高い男性で、アートそのものへの興味からの利用、資産形成への関心から利用する人がそれぞれ約半数を占める。22年2月までの流通総額累計は約2億7000万円にのぼる。海外でも同様のサービスが出始めており、18年にサービス開始したアメリカのMasterworksは21年に100億円以上を調達しユニコーン企業となっている。
さらに、デジタルアート分野で特に普及が加速するブロックチェーン(分散型台帳)技術を用いたデジタル資産「NFT(ノンファンジブル・トークン)」もアートへの投資を後押しする。今後、アンドアートでもNFTの可能性を視野に入れている。
新サービスの登場とともに、多くの人が持つ「アートは美術館で見るもの」という価値観が変わりつつある。アートに関わる方法や人々が多様化することで、アーティストを含めた業界全体の変化につながる可能性が期待される。