ニュースイッチ

「鉄鋼MOP」材料解析技術で将来を安全・安心に

「卒業おめでとうございます」

ある企業の方からいただいた、ねぎらいを込めた言葉である。2017年春から4年間、運用してきた鉄鋼メーカーとのオープンプラットフォーム「鉄鋼MOP」が一区切りを迎えた。当初は実現が難しいとされながら、多くの方の協力で目標到達できた。参画いただいた方々に深くお礼を申し上げたい。

鉄鋼MOP最大の特徴は、日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所の鉄鋼3社と物質・材料研究機構(NIMS)がオープンな場で共同研究を進めたことである。当初6年間の実施予定だったが、並行させた個社-NIMS間のクローズドな研究への移行が想定より早く展開したことに加え、目標だった解析技術を開発して応用へのめどが立ったため、次ステージへの移行を前倒ししたのである。

解析技術の成果の一つを紹介したい。

鉄鋼材料は同じ原子配列をもつ結晶粒と呼ばれる金属組織の集合体である。典型的な結晶粒の大きさは数十―100マイクロメートル(マイクロは100万分の1)ほどで、人間の髪の毛の太さ以下である。建築物や自動車などに一般的に使われる鉄鋼材料はセンチメートル―メートルほどの大きさなので、無数の結晶粒が含まれていることになる。

材料全体の性能は、結晶粒界と呼ばれる結晶粒と結晶粒の境界の性質に大きく左右される。これは、例えば鉄鋼材料の破壊が結晶粒界に沿って発生することからも経験的に知られている。その粒界に沿った破壊現象については、リンや硫黄などの不可避的に含まれる不純物が多いほど割れやすいこともよく知られた事実である。

ただし結晶粒界にどれほどの量の不純物が集積しているかなどの証拠はなく、定量的な計測・解析法が強く望まれていた。写真は自動車などに用いられるIF(Interstitial Free)鋼の粒界に、リンが偏析とよばれる濃化を起こしている様子を最新の電子顕微鏡でNIMSの原徹、井誠一郎、諸永拓らが企業と協働で捉えた例である。

従来よりはるかに高い感度で微量の偏析が検出可能となり、サブナノメートル(ナノは10億分の1)オーダーの高い空間分解能での分析が実現できた。この解析技術を用いて、例えば粒界で破壊するリン偏析量の下限界値を明らかにできれば、必要以上に不純物リンを取り除く無駄なコストの削減や、粒界破壊の根本的な原理解明が進んで割れにくい鉄の開発に結び付くことも期待される。構造物の破壊現象は人命に直結する重大な問題であり、この成果が将来の安全・安心につながることを強く望んでいる。 

物質・材料研究機構(NIMS) 構造材料研究拠点 副拠点長 大村孝仁
1996年東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)。同年、金属材料技術研究所(現NIMS)入所。02年米カリフォルニア大バークレー校客員研究員。14年より九州大学―NIMS連携大学院教授を併任。16年より現職。
日刊工業新聞2021年12月1日

編集部のおすすめ