日本の見劣り浮き彫り、産学のオープンイノベーションは“お付き合い”を脱却できるか

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産総研のアンモニア吸収材研究現場

日本のイノベーションエコシステム(協業の生態系)を再構築する機運が高まっている。研究者が生み出した技術シーズを事業化し、その利益から研究開発への再投資を促す動きだ。大学では産業競争力に資する“実用研究”から好奇心に応える“学術研究”への揺り戻しがあり、産業競争力の観点から国立研究機関の役割が増している。再構築のカギとなるのがコスト積み上げ方式の研究評価からの脱却だ。研究の価値が評価されないと投資の循環は起こらない。果たして評価は変わるのか。 (小寺貴之)

日本の見劣り浮き彫り

「オープンイノベーションが提唱され、そろそろ20年。政府も産業界も学術界もオープンイノベーションは重要だと言ってきたが、現状は“お付き合い”に留まっている」と、産業技術総合研究所の石村和彦理事長は苦言を呈す。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)がまとめた「科学技術指標2020」によれば、日本企業の2018年の研究開発費(総額)は約14兆円。その内、大学や公的研究機関へ支出されているのは約1050億円と0・7%にとどまる。

一方で世界を見ると、中国の企業研究費の総額は44兆円、公的研究機関への支出は約1兆5000億円に上る。米国やドイツも日本の水準を上回っており、日本の見劣りは否めない。カネの流れは人材や情報、知的財産の流れを表す。産学でのオープンイノベーションが進んだとは言いがたい状況だ。

裏を返すと産業界はコストをかけずに学術界の情報を吸い上げてきたとも見て取れる。企業の技術者が学会の運営を手伝い、どこの研究室でどんな成果が上がっているか把握してきた。手弁当の世界でつながり、卒業生から研究室の裏側を含めて情報を仕入れている。

近年、大学も稼ぐことを求められ、教授陣が産学連携の“営業”に奔走している。その結果、「企業訪問で小遣いをせびりにきたのかと警戒されるようになってしまった」(関西地方の大学教授)といった声が漏れる。こうなると産学連携は後ろ向きになり、学術研究への回帰に拍車をかけることになりかねない。

こうした現状を踏まえ、研究の評価をコストベースから価値ベースに転換しようという動きが出てきた。産総研の石村理事長は「研究開発に再投資し好循環を起こすには研究の価値が評価され、産と学の双方がウィンウィンにならないといけない」と強調する。現状は研究にかかった人件費などのコストでその価値が測られる。研究で生み出した分の価値が評価されなければ次への投資もおぼつかない。経費を使い切ったら研究は終わってしまい、好循環は起こりにくいのが実情だ。

一昔前は国の税金で行われた研究の成果は無償で配るべきだという意見もあった。実際に研究資金配分機関に情報公開請求がなされ、研究成果の開示を求める動きはある。稼げる分野への資源配分は研究機関の責務であり、企業の資金提供は必要最小限に抑えるという立場だ。

【大学・企業 “二人三脚”】双方の強み生かし研究組み立て

しかし、大学は実用研究と学術研究、教育など、社会から多様な要請を受けており、選択と集中が難しい経営体だ。産業界が評価して支えなければ大学側の再投資は進まない。この10年間運営費交付金は削減されてきたが、大学改革は思うように進まなかった。

そんな中、税金だから無償という状況からコストベース、価値ベースとステップを踏み、研究成果の価値を測る環境作りが動きだしている。JSRの小柴満信名誉会長は「企業の意識は変わってきている」と認識。例えばJSRは慶応義塾大学の医学部と包括連携し、大型共同研究だけでなく知財管理などバックオフィス業務を提供。知財構築や他社への技術移転の交渉もサポートしている。

小柴名誉会長は「慶大とJSRの連携に閉じず、第三者との連携も進める」と話す。JSRが合成ゴムの会社から電子材料、ライフサイエンスと事業を広げるために、この取り組みをイノベーションのハブとして機能させている。

価値ベースへの転換の課題は、価値の計測が難しいことだ。加えて、知財化などのバックオフィス業務と技術営業のフロントオフィス業務の両方を研究者自身が担っている現状がある。そこで石村理事長はバックキャスト型の研究提案を掲げる。既にある技術シーズを押し売りするのでなく、連携相手と将来像や課題を共有して双方の強みを生かせる研究を組み立てる方式だ。あらかじめ価値を共有している相手なら適正な評価が受けられる。石村理事長は「その分、産総研は研究の質を高めないと二度と頼ってもらえない」と気を引き締める。

JSRの小柴名誉会長はトップセールスの重要性を説く。「バックキャスト型の提案はトップの仕事。(ベルギーの研究機関)IMECも米IBMもトップセールスで話をまとめる」と強調する。産総研や大学など幅広い分野を抱える研究機関が総合力を生かすための重要なアプローチになる。

【市場なき分野での “備え”】損益分岐点の分析継続

一方、企業と連携して投資計画を立てられるのは、市場がある程度見えている分野になる。東京理科大学の石川正俊学長・東京大学特任教授は「まだ市場がない分野への挑戦は評価できないという現実に真剣に向き合うべきだ」と指摘。華々しい成功例はあるが「投資判断の根拠は結局、精神論。ベンチャーキャピタルはパッション(情熱)で動いている。この主観評価を許容できる風土が日本の産業界に必要だ」と説く。

主観評価でも損をしないテクニックは存在する。ベンチャーなどを立ち上げたら、コストベースの価値積算と市場評価の価値をシミュレーションし続けることだ。ベンチャーの開発が軌道に乗るころには世界に競合がいくつも立ち上がる。開発ステージが進んで自社に対する市場の評価が見えたら、コストが市場評価を上回らないうちに売却する。石川学長は「研究者は資金を使いきるまで開発をしたがる。経営者を兼ねると借金をしてまで開発を続けることもある。だが諦めが肝心」と話す。

買収企業は技術を原価で買える。JSRの小柴名誉会長は「市場が見えてきたら企業同士の激しい競争になる。その時は知財の数が重要になる」と説明する。

日本のイノベーションエコシステムは手弁当だがつながりはすでにある。技術の評価は難しいものの、学術界ではバックキャスト型の研究提案で歩み寄り、技術自体にこだわりすぎず投資への出口を用意する意識改革も進みつつある。だが流通する金額が小さく、投資と呼べる段階にない。まずは国内で投資としての循環を成立させ、海外からの投資を呼び込めるか。相対的に日本の科学技術の地位が低下する中、難しいかじ取りが求められている。

日刊工業新聞2022年1月17日

COMMENT

小寺貴之
編集局科学技術部
記者

研究成果の評価が、税金が原資だから無償、コストベース、価値ベースと徐々にステップアップしています。コストベースは研究成果を原価で買う。価値ベースは付加価値も評価することとしています。ただ、現在のコストベースも人件費の換算が安すぎると指摘されています。博士後期課程の大学院生が一人月20万円で計上されてたります。大学教授10人が関わる組織連携だと、エフォートを半分換算だと一人月500万、本来は教授の人件費だけで5000万円になります。大型連携プロジェクトで共同研究費が1億円を超えたと喜んでいたら、実は赤字だったということがあるそうです。それでも赤字にならないのは教員の人件費は税金で支えられているからで、これは共同研究を使った税金泥棒で、現在のコストベースの評価は実は原価割れしているそうです。細かな変更では対処仕切れず、抜本的に改革するか、手弁当の世界でがんばっていくか、どちらかのような気がします。無人の荒野で手弁当を食べるのも、いい仲間と研究できるなら幸せなことだと思います。

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