国の研究機関がPRアワードで最高賞、若者の心を動かした広報戦略

  • 0
  • 2
未来の科学者たちへ#07「見えないガラス」。屈折率が同じ油にガラスを沈めると、ガラスが見えなくなる(物材機構配信)

動画で研究の面白さ「配信」

2022年は科学広報が変わる年になるかもしれない。物質・材料研究機構が電通や博報堂などの大手広告代理店を抑えて「PRアワードグランプリ2021」(主催=日本パブリックリレーションズ協会)で、最高賞であるグランプリに輝いた。科学動画を使って研究の面白さを広め、高校や大学の授業にも採用された。材料という〝地味〟な分野で研究者の道を選ぶ若者を増やしている。広報職が研究者以上にクリエーティブになれることは証明された。(小寺貴之)

「研究機関の中に広報職が研さんを積む仕組みがない。科学広報が負の循環に陥る危機感がある」と物材機構の小林隆司広報室長はため息を吐く。研究機関にとって広報活動とはウェブページの整備や広報誌作成、プレスリリースの発行を指すことが多い。

研究所の経営層は研究や科学技術政策、組織マネジメントなどに通じた人物が選ばれ、広報の専門家が置かれることは少ない。経営の評価項目には広報活動があるものの「知名度向上」や「ブランドの確立」などと曖昧な目標が置かれがちだ。知名度とはどのセクターでの認知率なのか、ブランドとはどんなイメージを想起させるブランドなのか、必ずしも明確ではない。細部が宿らないまま閲覧数や掲載数などの数値目標を追いかけている。

そして広報の現場にも難しさがある。総合大学などは研究領域が広大で研究に通じた人材を配置しにくい。そのため作業をマニュアル化して誰にでもできる仕事にする。研究者にリリースの下書きを用意させ、広報で一般に届く内容に直す。数年単位で配置換えのある組織の窮策だ。

大型予算がついた研究プロジェクトではプロジェクト雇用で広報職が配置される。この人材は専門分野に明るく、広報に限らず研究企画や出口戦略も担う。結果として広報という専門職が育ちにくい組織構造にある。

中小広告代理店の参入を許してこなかったのは言葉が難しく、予算が小さいためだ。企業広報では歩合制のエージェント方式が急速に広がっており、業界として専門性のある個人を育てられるのか瀬戸際にある。

物材機構はユーチューブチャンネル「まてりある,s eye」として科学動画を配信してきた。チャンネル登録者数は現在17万8000人。この配信が研究所の一般公開の来場者を増やし、コロナ禍で開いたオンラインイベントには10万人が参加している。高校生が大学進学時に材料系の学部を選ぶなど、若手人材の裾野拡大に成功している。広島市立大学の河炅珍准教授は「科学がもたらす感動という新しい軸を見いだし、若い世代を巻き込みながらコミュニティーを築いた点が非常に優れている」と説明する。

小林室長がNHKから物材機構に入所した当時は広報に戦略らしいものはなかった。こつこつ手作りで続けてきた科学動画が若者を動かし、機構の広報戦略の核になった。PRアワードグランプリ審査員長の井口理電通PRコンサルティング(東京都港区)執行役員は「覚悟と忍耐力に頭が下がる思い」と評する。

「PRアワードグランプリ2021」の授賞式(物材機構提供)

小林室長は「自分には動画という武器はあった。だがPRは素人だった」と振り返る。研究所が社会とどうつながり人々を動かしていくか、物材機構で試行錯誤しながら学んできた。現在、動画制作自体はスマートフォン一つで誰でも始められるようになっている。小林室長は「科学広報で、個人ができることは広がっている。文章や写真など、自分の武器を磨く必要がある」と指摘する。

幸い、研究所と市民が直接つながるインフラは整い、科学自体が研究室のみで行うものから、社会と交わりながら進めるものに変わってきている。米国の宇宙飛行士はインフルエンサーや社会起業家のような影響力を求める例もある。経営層が曖昧なら現場が自由にやる素地がある。小さく試して素人な経営者に実績を突きつけられる。小林室長は「授賞式で科学広報に参入したい代理店から、本当にたくさん声をかけられた」と振り返る。既存の科学広報マンは専門性を磨いて市場を守りきれるか岐路に立っている。

日刊工業新聞 2022年1月6日

COMMENT

小寺貴之
編集局科学技術部
記者

母国語で要約されたプレスリリースを毎日タダで読める。こんな贅沢はないように思います。新聞やウェブメディアの記事より面白くないこともない。少なくとも私が書く記事よりは面白い。動画や講演でなく、自分のペースで咀嚼しながら新しい知識と出会えます。好奇心を満たし、脳みそを鍛える営みです。なので、プレスリリースは研究者の情報資産になると思います。昨今、動画もテキストもアーカイブされて価値を持つようになりました。最も利用しているのは競合の研究者たちです。予算獲得に向けライバルが語るストーリーを盗み、発展させて、出し抜く。この過程を若手が当然のように学んでいます。昔々、学会の大御所が密室でやっていた活動の一部を普通の研究者がやるようになりました。いまでは研究開発へのクラウドファンディングも一定の地位を獲得し、市民を巻き込んでやるようになっています。広報職はメディアを介さずとも直接社会を動かすことができないことはない。現場にやる気はある。業界に成功例はある。経営層にそれを止めるほどの見識はない。だから、きっとうまくいくと思います。

キーワード
物質・材料研究機構

関連する記事はこちら

特集

このサイトでは、アクセス状況の把握や広告配信などのためにクッキー(Cookie)を使用しています。オプトアウトを含むクッキーの設定や使用の詳細についてはプライバシーポリシーページをご覧ください。

閉じる