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AI活用で目指す内閣府の大型事業「思いやりある医療」の全容

思いやりある医療狙う

2025年には「団塊の世代」全員が75歳以上の後期高齢者となる日本。高齢者の増加に伴う医師不足が懸念される中、診断や治療に人工知能(AI)を活用する「AIホスピタル」の実用化を目指す取り組みが内閣府の主導で始まった。AI技術を駆使して時間とゆとりを取り戻し、思いやりに満ちた医療の実現を目指している。(山谷逸平)

AIホスピタルは、内閣府の大型支援事業「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の一環として取り組まれている。SIPのテーマの一つとして、超高齢化社会の課題に対して医療面から取り組む「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」が挙げられた。

がん研究会がんプレシジョン医療研究センターの中村祐輔所長がプログラムディレクター(PD)を務める。中村PDは、「25―30年ごろに医療現場での負担軽減と、医療の質の確保という一見相反するゴールの両立を目指すのがミッション」としたうえで、「期間中の研究開発によってデジタル化やAI化を進め、社会課題を乗り越える端緒にしたい」と意気込む。

研究開発テーマは五つに分類され、それぞれが連携しながら、AIホスピタルシステムを開発する。中でも大きな成果が上がっているのが「サブテーマA」で取り組んでいる医療用語集の作成だ。病名や症状、医薬品、検査、患者表現など約42万語からなる医療用語集を作成し、高い精度で話し言葉をテキスト化する。

言葉の関連性を用いた疾患候補推測システム。症状を複数選択すると可能性の高い病名が検索(中村PD提供)

21年度から、言葉同士の関連性を検索できるシステムの開発に着手した。完成すれば医師による診断ミスを抑制できるだけでなく、医師がパソコンのモニター画面ばかりをみるのではなく、患者と目を合わせてコミュニケーションを取りながら適切な診断を下すことができる。

「サブテーマB」ではAIプラットフォームの構築に向けて、提供体制の整備が進む。厚生労働相と経済産業相の許認可を受けた「医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP)」が4月に発足。日本医師会が20年6月に設立した「AIホスピタル推進センター」と連携し、医療現場の声を反映させながら、医療機関がさまざまな医療AIサービスを利用できる基盤技術を研究開発する。

現在、脳動脈瘤(りゅう)AI診断サービスを10医療機関に試験的に提供し、使い勝手などを検証中だ。「来春からは100医療機関に拡大」(中村PD)する計画だ。

各テーマが順調に進む中、中村PDは産業化への課題として「保険診療として生かせるかどうかだ」と指摘。「診療報酬に反映させないと広がらない」とする。今後の方向性については「システム全体としての医療インフラの輸出も考えられる」と展望している。

日刊工業新聞2021年11月22日

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