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最も正確に時を刻む「原子時計」をめぐる研究開発の今

時刻同期 信頼性など両立

原子時計は最も正確に時を刻むことのできる時計であり、300億年動かし続けたとしても1秒もズレない驚異的な精度の光原子時計も実現されている。高精度化が進む一方で、近年、小型化の研究が進展している。

特に原子時計チップは、光原子時計やセシウム原子泉型一次周波数標準器の精度には遠く及ばないが、安価、低消費電力、小型が特長のマイクロ波原子時計である。将来的にスマートフォンなど小型端末への搭載が期待されており、日本を含めた世界各国で産業化に向けた研究開発が進められている。

原子時計は単体で時を刻むよりも、複数台の時刻を使うことで精度と信頼性の両方を高めることができる。例えば、情報通信研究機構(NICT)が運用、管理している日本標準時システムでは、セシウムビーム型原子時計18台を使い、各時計の時刻を集約し計算(合成)することで、高い精度と不具合に対する高い耐性の両立を実現している。

私たちは、原子時計チップの普及を見据え、原子時計チップの「数の力」を生かす時刻同期網の研究を開始した。この研究では、日本標準時システムの機能を簡易に提供し、一般の通信網でも高精度、高信頼な時刻同期網を実現することを目指している。

分散配置された複数の原子時計を連携して時を刻むことから、この仕組みをクラスター(集団)クロックと呼んでいる。研究初年度となる昨年は、計算機上に仮想的な原子時計チップを配置して通信環境や繋げ方などさまざまな要素が精度、耐性に与える影響を検証した。その結果、原子時計のクラスターを構成した方が、単体よりも有利なことを明らかにした。

現在は、実際の小型原子時計を使った実機開発を行い、実証実験を進めている段階である。

従来の時刻同期では高精度化が最も重要な開発指針であった。一方で、持続可能な社会インフラでは高精度だけでなく、柔軟性、堅牢性、高信頼性、省電力性も求められる。

原子時計チップにより、これらを同時に満たす時刻同期システムの実現を進めていきたい。

◇電磁波研究所 電磁波標準研究センター・時空標準研究室 研究員 矢野雄一郎 15年首都大東京院修了後、日本学術振興会特別研究員を経て16年NICTに入所。テニュアトラック研究員を経て19年より現職。原子時計チップの研究開発とその応用に従事。博士(工学)。
日刊工業新聞2021年10月12日

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