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三菱電機が挑む量子コンピューター、IoT時代の安心・安全を守れ!

三菱電機が挑む量子コンピューター、IoT時代の安心・安全を守れ!

安心・安全を守る暗号技術開発が続く(量子コンピューターイメージ=NEC提供)

量子コンピューターに挑む暗号技術の研究者たちがいる。三菱電機は量子コンピューターでも解読困難な「耐量子計算機暗号」の研究開発に力を入れる。一方、原理上解読不可能な「量子暗号」は東芝やNECが開発を急ぐ。将来の次世代高速計算機の登場は既存の暗号が破られてデータが漏えいするリスクをはらむ。IoT(モノのインターネット)時代の安心・安全を守る挑戦が今もひそかに続いている。(編集委員・鈴木岳志)

三菱電、量子計算機でも突破困難

「量子暗号は量子コンピューターでも絶対に解読できないと証明されているが、耐量子計算機暗号は解くのが非常に難しいと考えられている」と三菱電機の藤田正弘常務執行役開発本部長はその違いを説明する。“絶対安全”の量子暗号を用いた通信は専用の装置が必要なため、国家間の基幹ネットワークなどに限られそう。

その点で耐量子計算機暗号はソフトウエアベースだ。スマートフォンやパソコンによるインターネット通信で一般的な「RSA暗号」などの置き換えを目指しており、広く社会に普及する可能性が高い技術と言える。藤田常務は耐量子計算機暗号について「安全性やデータサイズ、演算速度などの観点からいくつかの方式を開発している」と現状を語る。

そもそも暗号とは歴史上有名な数学問題の難解さに基づいて、破られにくいという安全性を実現している。例えば、RSAは素因数分解問題の困難性に依拠する。

耐量子計算機暗号も基本的に同じ仕組みで、その根拠となる数学問題によって複数の方式が存在する。

現行方式から置き換え 「同種写像」で独自性

三菱電機が特に注力する耐量子計算機暗号の方式は「同種写像暗号」だ。同種写像と呼ばれる楕円(だえん)曲線の変換を利用した暗号で、複数の楕円曲線を結びつける代数式を計算する困難性に基づく。情報技術総合研究所(神奈川県鎌倉市)松井暗号プロジェクトグループの高島克幸主管技師長は「20年以上前から研究を重点的に進めており、その知識を生かし同種写像暗号技術を伸ばしている。日本のメーカーでは当社だけ」と独自性に胸を張る。

ただ、暗号の実用化に向けた研究開発は長期戦だ。「暗号は社会の情報インフラであり、標準化されても3年ぐらいでは全く置き換わらない。できるだけ早く準備して移行に取り組むべきものだ」と高島主管技師長は腰を据える。暗号の置き換えは官民挙げて10年程度の長期スパンで進めるのが一般的だ。

三菱電機は耐量子計算機暗号の開発に力を入れる(同社の情報技術総合研究所)

暗号研究者の仕事の“困難性”は、まだ見ぬ量子コンピューターの脅威に立ち向かっている点だ。「現行の暗号技術を破れるレベルの量子コンピューターすら全然できていなくて、まだ一つも二つもブレークスルーが必要だ」(高島主管技師長)と将来の高速計算機の技術革新を先回りして防御線を張らなければならないからだ。

松井暗号プロジェクト統括の松井充役員技監は「(実用的な量子コンピューターの登場は)何年先と言えないぐらい遠い先で見通せない」と冷静な見方を示す。10―20年先でも難しいと言う専門家の声が少なくない。ただ、「いずれは必要になる技術なので、火を消さないように研究を続けている」(松井役員技監)と、まさに今後のIoT社会を支える黒子の誇りだ。

東芝、世界で先行 10メガビット通信成功

量子暗号は光の粒子である光子一つずつをデータの担い手として活用し、2者間で暗号鍵を共有する技術だ。もし盗聴者が通信途中で鍵情報を盗み見ようとしても、量子力学の原理により残る光子の変化の痕跡を検知して情報漏えいを完全に防げる仕組みという。

東芝は量子暗号通信分野で世界の先頭を走る。東北大学東北メディカル・メガバンク機構と共同で、2018年に世界で初めて毎秒10メガビット(メガは100万)超の鍵配信速度での量子暗号通信に成功した。既設の光ファイバー回線を使った実証を行い、技術実用化へ一歩近づいた。

その後の19年にも、数百ギガバイト(ギガは10億)超のデータ量の全遺伝情報(ゲノム)配列データを量子暗号通信で伝送することに成功した。従来の課題だった大規模なデータ伝送への対応で一定の成果を得た。東芝は医療のほか、金融や通信インフラ分野などで最先端技術の社会実装を狙う。

総務省の20年度委託事業「グローバル量子暗号通信網構築のための研究開発」で東芝や三菱電機とともに参加メンバーに名を連ねるNECも量子暗号技術の開発に熱心だ。19年に情報通信研究機構(NICT)と共同で、顔認証時の特徴データを量子暗号で秘匿化しつつ認証に必要な参照データを秘密分散で保管するシステムを開発した。生体認証データは高度な個人情報であり、漏えいして悪用されれば大きな被害を招く恐れがある。厳格な管理が求められ、量子コンピューターでも原理上破られない量子暗号が活躍できる領域に違いない。

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