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文科省が推進する「研究開発DX」に山積みする課題

文科省が推進する「研究開発DX」に山積みする課題

フロー自動合成装置の例、連続合成と機械学習を組み合わせると膨大な合成条件探索に威力を発揮する(名大提供)

研究開発のデジタル変革(DX)が大きく加速する。文部科学省は研究のDX推進予算として2022年度の概算要求に621億円を計上した。21年度からおよそ4割増額する。環境・エネルギーやマテリアル、人文社会科学など各分野の研究事業を、人工知能(AI)やデータ科学を駆使した「データ駆動型」に移行することを目指す。各分野で蓄積したデータを掛け合わせ、異分野融合の新しい研究体制を構築する狙いだが、課題も山積している。(小寺貴之)

米中先行に危機感

「AIを使ってできる研究は増えた。ただ、このままでは中国や米国には勝てない」と、東京工業大学の細野秀雄栄誉教授は危機感をあらわにする。研究にAI技術やロボット技術を投入して、研究を効率化する動きが世界で広がる。20年に英リバプール大学が「ロボット化学者」という論文を英科学誌「ネイチャー」に載せ、その先進性が話題をさらった。

同大が行った実験はこうだ。実験装置の間をモバイルマニピュレーター(移動型作業ロボット)が走り回り夜通しで実験を実施。実験条件を機械学習の一つである「ベイズ最適化」を用いて絞り込み、実験作業と条件探索を自動化することに成功した。

ただ、研究としての投資効果には研究者から疑問符が付いた。「数億円かけて機械で688サンプルを評価しただけ」「化学の実験自動化としてはまだまだ」「良いジャーナルに載せたいという気持ちはわかる」など厳しい評価がある。自動化やAI活用が目的化しているという批判だ。

それでも、AIなど先端の情報技術を活用した実験は各所で行われ、成果も出始めている。名古屋大学の布施新一郎教授は、化学物質の生産手法「フロー合成」の条件探索にベイズ最適化を用いた。研究者が絞り込んでも1万通り以上残る実験条件の中から、目的条件を20回以下の実験回数で特定した。

九州大学の山崎仁丈教授は、燃料電池の電解質材料である「プロトン伝導性材料」の探索にAI技術を活用し1度の実験で新物質を見つけた。山崎教授は「元素組成の情報空間では(未知のデータを推測し答えを導く)『外挿』でも、記述子(材料の特徴を数値化したもの)空間では、(既知のデータから答えを導く)『内挿』になる。AIで新しい材料の発見は可能だ」と持論を展開する。このように各分野でデータ駆動型研究の吟味が進み、華々しい研究から地に足をつけた研究へと移行しつつある。

連携へ“高い壁”

個々の研究で活用が進むデータ駆動。その先に異分野や近隣分野をつないだデータの連携があり、新技術の萌芽となりうる。例えば、企業の抱える膨大な製造プロセスのデータと、大学の研究データを組み合わせて材料を探索する研究だ。細野栄誉教授は「中国は上海と北京に数百人規模の研究所が二つもある。産学が一つになれる国は強い」と指摘する。一方、日本では産業界のデータに大学がアクセスするのは至難の業だ。民間企業同士でもデータ連携は、業務提携レベルの経営判断になってしまう。

投資効果を吟味した研究者の間では、異分野融合は難しいという意見が根強い。研究データはコストが高いためだ。実験を伴う科学に至っては、データありきの手法を選びにくい側面もある。異分野の高い壁を取り払うカギとなるのが、さまざまな分野のデータを連携するデータプラットフォーム(基盤)だ。果たして、プラットフォームの構築でデータ連携は起こるだろうか。

成功例はある。プリファード・ネットワークス(東京都大手町)とENEOSは、膨大な計算データをAIに学習させて汎用原子シミュレーターを開発した。触媒や吸着材料、固体電解質など、材料科学の中の異分野をつなぐ技術となり、研究ツールをビジネス化する先行事例として期待が持たれる。

生分解性プラスチック分野では、微生物群と材料データの掛け合わせがコンピューター上で日々行われている。群馬大学の粕谷健一教授は「いつの間にか(実験の少ない)ドライなラボになってしまった」と振り返る。

プラスチックの分解には、さまざまな微生物が関わる。深海や土壌、埋め立て地など微生物の生息データと、プラスチック材料の結晶性や分子構造などの材料データを掛け合わせ分解性の評価をしている。粕谷教授は「AI技術など、膨大なデータをクロスさせて解析する技術が整い、生分解研究にブレークスルーが起きた」と力を込める。

理化学研究所の大浪修一チームリーダーらは国際的な顕微鏡画像データベースを運営する。データは研究者にとって虎の子だ。だが、画像データをコミュニティーに提供すると情報系の研究者から画像分析技術が提案され、新しい共同研究が生まれるなど連携の輪が広がっている。大浪チームリーダーは「トップ研究者には好循環が起きている」と目を細める。

他にも街の人流データと路面材料の劣化過程のデータ、気象データを組み合わせ、市民参加の路面点検システムを構築する研究がある。古文書データと地質データを活用し、地球環境史や災害をひもとくといった事例もあり、データ連携の用途は幅広い。

文科省の狙い

文科省はDXを軸としたデータ連携の促進を重点施策に掲げる。22年度予算の概算要求では、全国的な研究データ基盤の構築・高度化事業などを盛り込んだ。データ基盤の高度化機能を開発しつつ、研究振興と人材育成につなげる狙いだ。情報分野に限らず、生命科学や物質科学など幅広い分野にデータ駆動型研究を広げ、データ連携で異分野融合や未開拓分野の研究を振興する。

東京大学の田浦健次朗情報基盤センター長は「各分野でデータ駆動型研究を進めると、異分野の協力の必要に迫られる場面がすぐに出てくる」と認識。異分野融合を支える体制整備を進めている。東大と国立情報学研究所、産業技術総合研究所など11機関はデータを蓄積する情報基盤の構築を推進し、異分野間のデータをつなぐ触媒になることを目指す。

プロジェクトメンバーの工藤知宏東大教授は「人と人とのつながりを作っていくことが重要」と話す。社会問題を解決するには、複数分野のデータや知見が不可欠。そのためのデータ連携には、異分野でデータを共有する基盤やデータ解析技術、情報分野の研究者が必要になる。

こうした大型事業について東工大の細野栄誉教授は「人が育つことが大きい。情報科学を使って研究することが当たり前になるだろう。勝負は10年後だ」と先を見据える。「人口減少など、大国にも落ち目は必ずくる。その時までに(データを有益に使いこなせる)若手をたくさん育てるべきだ」と指摘する。

日刊工業新聞2021年9月21日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
DXとはなんぞや。定義が曖昧でキーワードだけが一人歩きしている。といわれるDXですが、霞が関が予算を確保し、記者が記事を書くのに便利なキーワードで終わってしまうともったいないかもしれません。情報系の研究者は以前からさまざまな研究分野に貢献してきました。天文学に占めるデータ解析の比重は高く、とっくにDXしてたともいえます。現在はマテリアルやライフサイエンスなどのウェット系のラボで情報科学が再ブレークしています。機械学習のおかげでネガティブデータの価値が見直されました。データは死蔵させずに後の研究者が使える形で蓄えることが大切です。勝負は10年後。大国に落ち目が来たときに、目にもの見せてやろうと、霞を食べ続けることにならないように知恵を絞らないといけません。

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