「宇宙港」は地域活性化の起爆剤になるか
官民による「宇宙港」整備の動きが活発化している。宇宙港は文字通り宇宙船やロケットの発射場で、今後飛躍的な拡大が予想される宇宙産業の根幹となる施設だ。北は北海道から南は沖縄県まで、整備が進む自治体では地域活性化の起爆剤として大きな期待が寄せられている。米スペースXが民間人だけを乗せた宇宙船で地球周回飛行を実現するなど、宇宙旅行は夢ではなくなりつつある。民間による人工衛星の打ち上げも国内外で活発化している。宇宙港への期待も一層高まりそうだ。
北海道大樹(たいき)町が2023年に一部完成を目指す「北海道スペースポート(HOSPO)」計画が本格的に動きだしている。4月にHOSPOの運営会社としてSPACE COTAN(スペースコタン)が発足。同町に本社を置くインターステラテクノロジズ(稲川貴大社長)が7、8月に連続で小型観測ロケットでの宇宙空間到達に成功したことも強い追い風だ。38年前に描いた夢が、ついに現実になろうとしている。
なぜ大樹町でスペースポートなのか。酒森正人町長は「平坦な土地が広がり、開けていて広大な空と海がそこにあったから」と話す。年間日照時間2000時間、年間降水量1000ミリメートル前後と気象条件が良い上に、航空機の往来もさほど多くない。「田舎ってなんにもないのよねぇ、なんて言われてきたことが皮肉にも功を奏した」(酒森町長)。
しかし、今日に至るまでには気が遠くなるような努力の積み重ねがあった。38年前の1984年、北海道東北開発公庫(現日本政策投資銀行)が発表した「北海道大規模航空宇宙産業基地構想」に立候補し、以来、延々と地道な推進活動を続けてきた。町長が4代かわり、「中央省庁に行けば、『たいじゅちょう』ってどこ?なんて言われた」(同)が、あきらめずにひたすら誘致活動を続けてきた。
「ここまで来れたポイントは二つ。まずあきらめなかったこと。もう一点はこの地を開拓以来、営々と続いている漁業や酪農をあくまでも町の中心に据えていること。宇宙事業はそれらに加えるというスタンスを維持し続けた」と酒森町長は話す。
大樹町の名がメジャーシーンに躍り出たのは、“ホリエモン”こと堀江貴文氏がファウンダーであるインターステラテクノロジズが本社を設置。同社が開発・製造した「MOMO3号機」が19年5月に打ち上げを成功させてからだ。MOMO3号は高度100キロメートル以上の宇宙空間に到達。民間企業が単独で開発・製造したロケットが宇宙空間まで達したのは日本で初めての快挙となった。
21年4月には同町ら6者の共同出資で運営会社のSPACE COTANが発足した。アイヌ語のコタン(集落)からネーミングした同社は資本金7600万円。出資は大樹町、エア・ウォーター北海道、帯広信用金庫、川田工業、インターステラテクノロジズなど。社長には元全日本空輸アジア戦略室副室長で、12年からエアアジア・ジャパン最高経営責任者(CEO)を務めた小田切義憲氏が就任した。
HOSPOには人工衛星用ロケットの打ち上げ発射場を2カ所設ける計画だ。23年にLC―1と呼ばれる一つめを、25年にはさらに大型化したLC―2が完成する。
また、現在は全長1000メートルで運用している実験機着陸のための滑走路を300メートル延伸し、1300メートルの滑走路を建設する。このほかにロケットの母機の離発着に対応する延長3000メートル滑走路も設ける予定だ。
懸念されてきた資金についても、着々と準備が進んでいる。業種、業界を問わずにあらゆる企業や団体とパートナーシップ協定を結んでいるほか、企業版ふるさと納税制度による支援も加速している。「楽観はしていないが見通しは明るい」(小田切SPACE COTAN社長)という。
宇宙開発が世界的に加速する中で、大樹町が目指すHOSPOはアジア唯一とされる重要な特徴を持つ。それは一般的なロケットの打ち上げ方法である垂直発射のみならず、近い将来に実現すると予想される飛行機と同様に地上から宇宙へと飛び立つスペースプレーンにも対応することだ。いわば「総合宇宙港」を具体的に計画していることになる。すでに全国の大学や企業がこの地で発射エンジンなどの実験を行っており、大樹町の計画が「宇宙版シリコンバレー」と呼ばれる理由はここにある。
小田切社長は「国内外の企業から発射や実験の打診を受けている」と自信をみせる。インターステラテクノロジズによるロケット製造と打ち上げ計画もめじろ押しだ。「あきらめなかったことが現在のすべてに結び付いている」(酒森町長)。人口約5400人の小さな町が、宇宙を目指して飛躍しようとしている。(札幌・市川徹)