ノック式ボールペンをついカチカチしてしまう理由にせまる
皆さんは、学校の授業中にノック式ボールペンをカチカチさせて、先生に怒られた経験はないだろうか。ノック式ボールペンをついカチカチさせてしまうのは、その音と振動が(やっている本人にとっては)心地よいからである。ボールペンの操作により、ボールペンの内部で部品と部品が衝突して振動が発生し、その振動が手に伝わって「心地よい」と感じるわけである。この振動が心地よいと感じるよう、ボールペンメーカーが振動を「設計」しているかは別として、工業製品の振動をいかに制するかを、シミュレーションを使った解析手法から切り込んでいく。
本稿では、前半で1Dシミュレーションの概要、後半では1Dシミュレーションを使った振動の解析/設計のポイントなど、また人の手に感じる振動(=手感振動)への適用事例について解説する。なお、振動が発生すると同時に、音(別称:異音、ノイズ、音ノイズなど)が発生する場合がほとんどだが、ここでは手感振動にフォーカスする。
1Dシミュレーションの概要
1.1Dシミュレーションでの記述方法1Dシミュレーションは、平面上に必要な要素を並べて線でつなげるという記述方法をとる。中学校や高校で習う電気の回路図は、まさに1Dシミュレーションの記述方法と言える。1Dシミュレーションソフト上で電圧源、抵抗、コイル、コンデンサなどを配置して線でつないで電気の回路図を記述すると、接点方程式などが生成されて数値的に計算される。機構の場合は、質点/イナーシャやばねダンパ、ギヤなどの要素を配置して線でつなぐと運動方程式が生成されて数値的に計算される。本稿で言う1Dシミュレーションは、1Dシミュレーションの記述方式にのっとった電気回路や機構のみのシミュレーションだけでなく、音響やPID制御ロジック、微積分などの数値処理も含めた、複合領域シミュレーションのことも指す。
2.思考のポイント設計・製造のためのシミュレーション全般に言えることだが、シミュレーションは手段であって目的ではない。目的は製品や試作品の不具合の改善策を探ったり、性能を向上したりすることにあるべきだ。1Dシミュレーションでは、その性質上、目的に対して必要な部分のみをモデル化していくことがポイントとなる。逆に言えば、目的に対して不要だと思われる部分は、モデル開発を始めた時点ではモデル化する必要はない。例えば、機構系でガタが問題となっていないのであれば、ガタをモデル化する必要はないし、制御において詳細な制御ロジックが不要であれば簡易的なPID制御で十分である。
3.注意点こちらも、シミュレーション全般に言えることだが、物理や制御、数学の基本を知らなくてよいというわけではない。むしろ、物理学の基本のみならず、1Dシミュレーションソフト上で使う一つひとつの要素の内部で、どのような計算が行われているのか、きちんと把握している必要がある。
また、1Dシミュレーションでは、簡易ではない形状や空間に対する変形解析・磁場解析・流体解析などは行うことができない。これらをFEMなどで計算する必要が出てくる可能性もあれば、実験が必要になる場面もある。
1Dシミュレーションの利点
1.高速、高精度、高い可読性3次元機構解析ソフトと制御ロジック計算用ソフトとの組合せと比較して、1Dシミュレーションは数倍から数百倍の計算時間高速化が見込める。これは1つのソフトウェア上で計算が完結し、ソフトウェア間の通信が発生しないことや、そもそも3次元的に計算しなくてよいように、1Dシミュレーションに落とし込んでいるからである。また、1Dシミュレーションモデルの作成方法次第では、3次元解析と同等かそれ以上の精度を得ることも可能である。さらに、ExcelやVBAで数式を記述した場合と比べて、可読性は格段に向上する。1Dシミュレーションの記述方式では、ブロック線図を追うことにより、どこにどのような機能があるかを見つけやすいからである。
2.強連成1つの製品が1つの物理分野(例えばホチキスは機構分野のみ)だけで構成されることもあるが、機構や電気、さらには制御といった複数の物理分野で構成されることも多い。1Dシミュレーションでは、1つのシミュレーションソフトウェア上に、機構や電気、制御、熱や流体といった複数の分野の要素を配置して、それらを同時にかつ連成させて、相互作用を考慮しながら解くことができる。
3.AI最適化遺伝的アルゴリズムなどを利用したAI最適化システムで最適化や実現性の確認をする場合、数百から数千回試行する。このとき、1回の計算が数時間から数日かかるシミュレーションでは、図1の中段“FEM”のように、設計者が試行することになり、試行回数は多くても数十回である。1回の計算が数秒から長くても10分程度で終わることが多い1Dシミュレーションは、図1の下段“1D”のように、AI最適化で数千回試行しても長くて数日で最適解が得られる。場合によってはお昼休みから戻ってきたら最適化が終わっていることもある。
1Dシミュレーションによる振動設計
1.振動シミュレーションの目的振動シミュレーションの目的は1Dシミュレーションに限らず、図2のとおり大きく3つある。
(A)は例えばCDプレイヤーや電動工具などがあげられる。実機をつくってみて振動レベルが十分低ければ問題はないが、たいていは何らかの振動が発生し、そこから規格を設定しつつ低減に取り組むというものである。(B)は例えばカメラのシャッターがあげられる。振動の伝達経路(後述)にどのような部材があれば、人が機器を操作した際に心地よく感じるかを検討するという目的である。(C)は例えば電動歯ブラシがあげられる。どのようなアクチュエータやどのくらいの電力があれば、所望の振動が得られるかがシミュレーションの目的となる。
2.伝達経路振動系のモデル化を1Dシミュレーションで行う場合のポイントは、振動の発生源から観測点までの経路の書き出しである。例えば図3のように、階層的に図示していくことが望ましい。3つのうち、振動を“設計”できるのは①振動の発生源と②振動の伝達経路である。①振動の発生源は、DCモータという1つの部品で考えることもできるし、2つの部品の衝突や磁力のような相互作用力によることもある。②振動の伝達経路では、剛性の高い構造部材に目が行きがちだが、シリコンワッシャなどの剛性の低い部材や、ガタによる部品同士の衝突も、振動を“設計”するうえでの重要な伝達経路となる。③振動の観測点では、人の手や、振動が悪影響を与えているような箇所が相当する。それらの特性を考慮することがポイントとなる。
①振動の発生源と②振動の伝達経路を正しくモデル化、もしくはモデル化→検証の繰返しにより精度を上げていく。①振動の発生源がDCモータの場合、振動の発生原因がロータの偏芯なのかコギングトルクなのかで、発生する振動の周波数はまったく異なってくる。現物があれば実測してその波形を取り込むこともできる。②振動の伝達経路は、複雑な形状はFEM解析を行ったり、現物がある場合は実測したりしてもよい。③振動の観測点では、観測部分の周波数特性などを、例えば伝達関数などを使って1Dシミュレーション上でモデル化することとなる。
ボールペン適用事例
1.モデル化のポイント今回はボールペンのスライダーを操作した際に手に感じる振動の“低減”を目的としてモデル化した。手感振動を計算するために最低限必要なボールペンの可動部品は、図4の下段のとおり、ボールペン本体、スライダー、内部ばねの3点である。スライダーがボールペン本体に衝突してボールペン本体に振動が発生し、ボールペン本体と接触している手が振動を感じるので、手が弾性変形するというモデル化も必要となる。スライダーを止めておく機構は荷重の加え方の工夫で不要とできる。スライダーと本体のガタなどは必要に応じて追加すればよい。なお、ボールペン本体とスライダーの接触部にゴムのダンパ部品が存在している(あるいは追加した)場合は、ダンパ部品のモデル化も必要となってくる。
1Dシミュレーションソフト「SimulationX」を用いてモデル化を行った。図5に示すとおり、機構系について、ボールペン本体とスライダーは質点要素、手と内部ばねは、ばねダンパ要素、ボールペン本体とスライダーの接触は接触要素を使用している。スライダーは、リリースされてボールペン本体と接触した後も、ボールペン本体に押し付けられていることから、内部ばねにはforce 要素1 による予荷重を与えている。現物では、スライダーを手で押し下げるが、この力はforce要素2と信号ブロックでモデル化している。
図6の最上段がスライダーにかける荷重の時系列グラフである。0.1秒まで徐々に荷重を増やしてスライダーを押し下げ、0.2 秒の時点でこの荷重をゼロにし、スライダーをリリースしている。スライダーにかける荷重を徐々に増やしているのは、スライダーの押し下げによるボールペン本体の振動を極力減らすためである。全体の計算時間は、衝突による振動の減衰も考慮して、0.3秒で十分と判断した。
1回の計算時間は約0.2秒(Intel Core i5-7300UTB 3.5 GHz)である。この規模の1Dシミュレーションモデルの計算時間としては、十分短いと言える。図6の下2段に計算結果を示す。縦軸がボールペン本体の変位と加速度を示している。T=0.2秒でスライダーがリリースされた0.01秒ほど後、スライダーがボールペン本体と衝突し、ボールペン本体に大きな変位と加速度が発生しているのがわかる。この加速度(あるいは変位)を人の手が感じ、手感振動となる。この加速度に適切なフィルタをかけたうえで、その最大値やPeak-to-peakなどを、多人数の官能評価結果と比較し相関を確認する。手感振動を低減したい場合は、内部ばねのばね定数を変更する、スライダーとボールペン本体の接触部にダンパを配置するなどして振動を低減していくことになる。
今回は振動の低減を目的としたが、ほかの目的として例えば、ボールペン本体の材質をプラスチックから金属に変更して質量が変わった際に、手に感じる振動がどう変わるかを予測することにも、本シミュレーションモデルは使えると考えられる。
おわりに
前半では1Dシミュレーションの一般的な話を通して、その思考ポイントやメリット、注意点についてお話しした。後半では1Dシミュレーションによる振動設計のポイントとして、目的を明確にすることや伝達経路の書き出しの重要性をお伝えした。ボールペンへの事例では、シンプルなモデルながら、一連のモデル化プロセスについて説明した。1Dシミュレーションの、特に機構系は入り口が難しいように感じられるが、使いこなせば強力な武器になる。今回のボールペンの事例のように、まずはスモールスタートで始めてみてはいかがだろうか。
著者
M&Oコンサルティング 代表 土居 格(どい いたる)雑誌紹介
判型:B5判
税込み価格:1,540円
内容紹介
機械設計 2021年4月号 Vol.65 No.5 【特集】機械振動対策に向けたデータ計測と解析法各種機械装置では、高速化・高出力化や小型化・軽量化、低コスト化などが進み、振動対策に関する制約が厳しくなっています。このような状況下で安全性や快適環境を確保するには、機械の設計・開発技術者が振動問題の本質を把握し、発生する振動を適切に計測・評価・解析したうえで、効果的な制御・解決策を講じることが重要です。
そこで本特集では、機械振動の観察・捉え方といった基礎から、最新技術を含めた実際の各種計測・評価・解析手法、実例をもとにした振動対策の取組みなどを紹介します。