猛威を振るうバッタの大群に世界はどう立ち向かう?バッタ博士・前野さんの答えは
地球規模の農業問題として
2020年、東アフリカから南西アジアにかけて大発生したサバクトビバッタ(以下、バッタ)は猛威を振るい、農作物に深刻な被害をもたらした。今も現地ではバッタが大量に発生し、警戒が続いている。最古の害虫として知られるバッタに対し、この一世紀の間に人類は国際的に協力しながら防除対策を飛躍的に向上させ、闘ってきた。しかしながら、いまだにバッタ問題は驚異的な自然災害として恐れられている。
サバクトビバッタの特徴
バッタは、農作物に深刻な被害をもたらす移動性害虫の一種として知られている。西アフリカから南西アジアにかけて広く分布し、約60カ国が農業被害に遭い、その面積は地球上の陸地の約20%、世界人口の約10%に及ぶとされる。 バッタは、普段は数が少なく、まばらに分布している無害の昆虫である。しかし、もろもろの環境条件が重なり大発生すると、巨大な群れを成し、害虫になる。このような変化が生じる原因の一つとして、このバッタが環境に応じて自身を変化させる能力を秘めていることが挙げられる。
普段の低密度下で育ったバッタは「孤独相」、一方、大発生時の高密度下で育ったものは「群生相」と呼ばれる。孤独相はお互いを避け合うが、群生相になると、お互いに誘引し合い、群れで集団移動する。群生相化したバッタは孤独相に比べ発育・繁殖能力が向上し、害虫化することから、群生相化メカニズムの解明がバッタ防除のカギとなっていると考えられ、莫大(ばくだい)な量の研究がなされてきた。しかし、いまだに生態の多くが謎に包まれている。
大発生の過程
大発生に至るプロセスは、複雑でまだ不明な点があるが、干ばつ、大雨、風、植物、土壌、季節と密接に関係していると考えられている。バッタは「不定期」に「突発的」に大発生する特徴がある。
ほとんどバッタがいない状況から大発生に至る大まかな流れとして、通常は年間降雨量が少ない地域に、孤独相の成虫が未成熟(繁殖を始める前)の状態で細々と生息している。大雨が降り、エサとなる野草が生えてくると孤独相の成虫はその草を食べて性的に成熟して交尾できるようになり、繁殖を開始する。
広範囲にわたって十分な量の草があり、その好適な環境条件が続くと、さらに発育・繁殖が進み、個体数が増加する。乾期に伴い草が枯れ始める頃、野草が残っているエリアに成虫が集まり(自力飛行と風による移動)、ほかの個体との接触により群生相化のスイッチが入って、相変異が起きる。
その子らが成虫になると群れで移動を開始し、常発生地域から普段は生息していない地域に侵入し、そこで農業に大きな被害をもたらす。侵入先の環境条件が好適であると繁殖をはじめ、さらに個体群が増大し、被害の程度、エリアが増加する。
20年の大発生も、干ばつの後にサイクロンによってもたらされた大雨がバッタにとって好適な環境を生み出したことが原因と考えられている。気候変動に伴う地球温暖化や異常な大雨がどのようにバッタの分布や大発生に影響を及ぼすのか、予測技術の開発が進められており、気候変動によってバッタが大発生しやすい環境が生み出されることが懸念されている。
さらなる国際協力を
今まで国際連合食糧農業機関(FAO)が中心となり、バッタ対策をけん引してきた。主な防除活動として、殺虫剤散布が実施されているが、バッタの分布パターンを予測することで、省力的な防除が可能になるなど改善の余地は大いにある。また、気象や過去の記録からバッタの発生を予測する技術開発は重要である。
バッタの大発生が広範囲にわたってから防除活動した場合、その対策費用は170倍に膨れ上がったことがあった。問題が大きくなる前から管理することで費用は安く済むが、バッタによる被害がなければ費用は不用となってしまう。被害がない時でも防除体制を維持する工夫がバッタ問題解決には不可欠と考える。
今回、東アフリカでは数十年ぶりにバッタが大発生したため、社会システムの隙をつかれ対策が遅れた。たとえ自国だけ強固な防除体制を整備しても、近隣諸国からバッタは越境してくるため、国際的な連携が必要となってくる。
惨劇を繰り返さないためにも、国際社会が連携し、最低限の防除体制が継続される社会システムの構築が望まれる。特に人々の災害への関心が薄れる平穏期において、どのように対策をしていくかが問われている。
国際農林水産業研究センター(国際農研)・研究員 前野 浩太郎 まえの・こうたろう/ 1980年秋田県生まれ。神戸大学大学院博士課程修了。農学博士。国際農林水産業 研究センター(国際農研)・研究員。サバクトビバッタの防除技術の開発に従事。著書に『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)、児童書版『ウルド昆虫記 バッタを倒しにアフリカへ』(光文社)