進む「脱炭素ビジネス」で日本は諸外国に勝てるのか?試される本気度
温室効果ガス排出量を実質ゼロにする脱炭素目標の“中身”が問われ始めた。海外では企業活動に影響力を持つNGO(非政府組織)らによって「実質ゼロ」を認定する基準づくりが進行する。金融機関も脱炭素へ向けた企業の戦略に目を向ける。巨額の脱炭素マネー獲得のためにも排出ゼロを宣言した日本企業は、本気度を示す必要がありそうだ。(編集委員・松木喬)
経済産業省が2020年12月にまとめた資料によると、大手72社が50年や30年までの排出ゼロを宣言していた。その後もDMG森精機が21年中のゼロ達成を目指すと発表するなど宣言企業は増加したと思われる。
【世界で1200社支持】
一方、海外では実質ゼロの基準の検討が終盤に入った。環境NGOの世界自然保護基金(WWF)やCDP、国連グローバル・コンパクトなどが主導する「サイエンスベースドターゲッツ(SBT)イニシアティブ」が3月中に認定基準を公表し、審査方法などを整備して11月には最終版を完成させる。
SBTは企業の排出削減目標を審査し、温暖化対策の国際ルール「パリ協定」達成に貢献する目標を認定している。世界1200社がSBTを支持し、約570社が認定済み。日本の85社も認定を取得しており、「パリ協定への貢献」を公言する企業には“お墨付き”となっている。
これまでSBTは5―15年先の目標を対象としていたが、実質ゼロ目標の発表が増えたため基準づくりを始めた。WWFジャパンの池原庸介リーダーによると「18年から着手していた」という。
すでに実質ゼロの基本的な考え方が示されている。まずはパリ協定達成に必要なペースで排出を減らし、削減できずに残った排出量を「中立化」する目標を認定する方向だ。自社の削減実績に加えられるクレジットも活用できるが、実質ゼロの最終手段ではない。
【中立化の定義】
関心を呼ぶのが中立化の定義だ。植物による二酸化炭素(CO2)吸収量を増やす植林、地中へのCO2封じ込め、大気中からCO2を直接回収するダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)などの技術が該当しそうだ。
すでに海外の巨大企業が除去技術をめぐって動きだしている。米テスラを創業したイーロン・マスク氏は1月末、ツイッターで「最高の炭素回収技術の開発に1億ドル(約105億円)寄付する」と発言。米マイクロソフトもDACの研究を支援する。SBTの基準ができると、脱炭素を目指す企業によって開発が強力に後押しされそうだ。
一方、日本の官民が提唱してきた削減貢献量は除去から外れそうだ。製品の供給によって顧客の排出を削減した成果を自社の削減実績に加える削減貢献量について、SBTは「優先順位が低い」としている。すでに削減貢献量を含めた実質ゼロ目標を設定した日本企業もあり、SBTの最終判断が注目される。
また今後、再生エネを使ったとみなせる非化石証書など、日本独自の制度の扱いを気にする企業も増えそうだ。池原氏は「認められるかどうかの判断を待っていると遅い。なぜ議論となっているのか、論点を理解できていれば何が認められるのか自ら判断できるはずだ」と助言する。
SBTは法規制や義務ではないので、認定を取得しない企業もゼロ宣言ができる。ただし、公表した以上は説明責任が問われる。すでに金融界からは、企業姿勢を見極めて資金支援する「トランジションファイナンス(金融)」が登場した。
【130兆ドル投資必要】
金融団体の国際資本市場協会(ICMA)が20年12月に公表したトランジション金融のガイドブックによると、企業がCO2排出削減目標や事業モデル変革といった「脱炭素戦略」を公表。その戦略が評価機関によって「脱炭素に向かっている」と認められた企業は投資家や銀行から資金調達ができる。
戦略次第で鉄鋼や化学、セメントなどCO2を大量排出する企業も脱炭素に移行する資金を獲得できる。逆に戦略が「お題目」と受け止められると資金調達が難しくなる。まだ世界でも事例が少ないため経産省は21年度、モデル事業を開始して世界に事例を発信する。
世界全体の排出ゼロ実現には50年までに130兆ドルの投資が必要とされている。日本企業も具体的な脱炭素戦略を練らないと宣言は絵に描いた餅となり、巨額の脱炭素マネーの獲得に出遅れる。