AIブーム発生から5年。変わるベンチャーの画像認識ビジネス
画像への人工知能(AI)技術活用が岐路にある。ディープラーニング(深層学習)が大きなAIブームを起こして約5年。この間AIベンチャー(VB)たちは戦い方を変えてきた。技術コンサルティングや開発支援、データベース構築、人材教育など、さまざまな角度から事業化を試みてきた。現在は顧客側にも経験がたまり、費用対効果が強く求められている。(取材・小寺貴之)
概念実証向け無償提供
「画像認識はコスト競争になっている。ベンチャーが顧客の概念実証(PoC)に振り回されたらやっていけない。だから無償提供して顧客にやってもらう」―。アナモルフォーシスネットワークス(京都市左京区)の炭谷翔悟社長はオープンPoC戦略をこう説明する。同社は開発した画像認識AIソフトを自社HPで無償提供する。顧客が自分たちの現場で使えるか技術コンセプトを試すPoCまでは無料で誰でも自由に使える。本格導入に向けた開発からアナモルフォーシスが加わり、周辺システムとの連携やAIの精度出しを担う。
例えばコロナ禍ではカメラで出入りの人数を数えるニーズが増えた。店内の疎密を計るために人物検出AIが使われる。そこで人間や車両などを数える物体検知ソフト「トリミー」を年間1万円(消費税抜き)からで提供する。PoCまでは無料だ。炭谷社長は「この値段では利益は出ない。だが自身で試して本気になった顧客とつながることができる」と説明する。
AIブームに沸いた数年前は、AIで何ができるのかコンセプトの技術検証を受託するなどPoC自体がベンチャーのビジネスになっていた。ただ受託開発の業務を多くを占めたのはデータクレンジング(補正)だ。PoCのために用意された限られたデータでは精度が出るものの本番のデータに適用すると精度が足りない例が散見された。こうした経験を経て、PoCから実装までのコスト低減が求められている。
製造現場を解析 見積もり精度向上
KOSKA(東京都千代田区)の曽根健一朗社長は「論文を読めば面白い技術はいくつもある。ただ製造業の求める信頼性と費用対効果に合わせるにはシンプルでないと難しい」と指摘する。同社は原価管理サービス「GenKan」を展開する。一つの製品ができるまで、各工程で実際にかかっている時間を測り、製造原価を求める。実績原価が正確に求まれば、見積もりの精度が上がる。
GenKanでは人物検出AIを実働時間の計測に利用する。例えばカメラの前で溶接している時間を測る。製造現場へのAI応用研究は作業認識や姿勢認識、異常判定などがある。さまざまな機能を追加することは不可能ではないがコストが上がる。原価計算などの現場改善ツールは改善分から対価をもらうため、サービス料を高く設定できない。GenKanは7工程の計測で月額4万8000円(消費税抜き)。これで計測デバイスのコストもまかなう。
カメラ保守 遠隔でログ収集
「面白いだけでは商売にならない。ベンチャーは一つの失敗が命取り。PoCに巻き込まれないことが大切」とアムニモ(東京都武蔵野市)の小嶋修IoTエッジビジネス事業部長は指摘する。同社はカメラネットワークのLTEゲートウェイ(中継器)を販売する。AI処理の前に、その映像を集めるカメラインフラが整備されていないと働かない。
商店街の監視カメラなど、地域のカメラは壊れたまま保守されていないこともある。小嶋部長は「街のカメラは運用できていそうで、できていない。保守契約なしで設置し、そのまま放置されている例が多い」と指摘する。同社のゲートウェイは遠隔でソフト更新やトラブル解析のためのログ(履歴)収集などができる。
端末側でAI処理をするための機器も開発中だ。監視カメラでは立ち入り禁止区域への侵入検出などが想定される。例えば駐車場でのナンバープレート識別ではリアルタイムの高速処理は必要ない。数秒に1回の識別でも機能は満たせる。計算負荷を抑えれば安価な機器でAIカメラインフラを構築できる。小嶋部長は「まずは確かなカメラインフラ。次に費用対効果のあるAI処理。着実に事業を作っていく必要がある」と強調する。
映像基盤に発展 100万台接続目指す
セーフィー(東京都品川区)はクラウド録画サービスを手がける。小売店舗や工事現場などに設置したカメラの映像を遠隔地のパソコンやスマートフォンで視聴できるサービスで、計10万台の映像が日々アップされている。セーフィーは人物検出などのAI機能も提供し、ユーザーが映像の解析に使う。AIでさまざまな事象が検知され、状況が自動でわかるようになればユーザーの便益になる。
ただAIが安定してできるのは、まだシンプルな機能だ。例えば小売店舗の改善コンサルティングでは人数を数える機能だけではコンサルにならない。実際には人物の属性や行動など細かな識別が必要になり、これを作り込むと費用がかさむ。
瀧山博之マーケティング部部長は「現在は10万台。100万台がマイルストーン」と説明する。映像プラットフォーム(基盤)に接続するカメラが増えれば、さまざまな解析を自動化するAIアプリケーション(応用ソフト)の開発を促進できる。スマホアプリのような好循環を目指す。単機能で完結するサービスから実装され、さまざまな機能を提供する映像プラットフォームとしての発展を目指す。
PoC段階での無償提供や機能の絞り込みなど、費用対効果に応えるために各社は知恵を絞る。カメラインフラやプラットフォームも整う中、コンセプトから実用へ向かう技術開発が着実に進んでいる。