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クロマグロの養殖ビジネス、商社たちの苦闘

世界の漁業生産は2018年に生産者価格で約4010億ドル(約42兆円)相当を超えたとされ、このうち2500億ドル(約26兆円)相当が養殖によるものとされる。日本では、正月の初競りで高値が付くクロマグロも、世界で人気が高い魚の一つだ。総合商社においても、00年代後半からクロマグロの養殖ビジネスが本格化。最近では先端技術も駆使しながら、持続可能な水産資源の供給に向けた挑戦が続いている。

豊田通商/AIでサイズ自動測定

豊田通商は2010年からクロマグロの完全養殖事業で近畿大学から数センチメートルの稚魚を仕入れ、50センチ―60センチメートルの幼魚「ヨコワ」に育てて養殖業者に販売する中間育成事業を始めた。

餌やりや水温管理など「稚魚をヨコワまで育てるのが最も難しい領域とされていた」と森賢亮農水事業部水産養殖グループ食料・生活産業本部課長は振り返る。現在、ヨコワを成魚サイズまで継続して養成したクロマグロは、同大学から「近大マグロ」ブランドの認定を受けている。

先端技術の開発にも力を注ぐ。豊通はNECと共同でヨコワのサイズ自動測定システムを開発した。20年5月から子会社のツナドリーム五島(長崎県五島市)とツナドリーム沖縄(沖縄県名護市)で運用する。水中カメラで養殖魚を撮影。人工知能(AI)が映像を分析してサイズを自動測定する。測定可能範囲は、NEC開発の従来型が体長60センチメートル以上だったが、新システムでは同約20センチメートル以上。AI活用で従来型で必要だった一尾ずつの打点作業の改善を図る。養殖魚のサイズ分析は給餌量や水揚げ時期の判断材料になるため「効率化やコストダウンにつなげたい」(ツナドリーム五島の高橋誠社長)考えだ。

双日/給餌、IoTで最適化

双日は、2008年に双日ツナファーム鷹島(長崎県松浦市)を設立。当時、総合商社の直接投資では初となるクロマグロ養殖事業に参入した。現在、直径40メートルのいけす33基で約4万尾を育てる。

ヨコワは天然マグロのヨコワが全体の約8割を占め、約2割は近畿大学の完全養殖によるものを育てる。

IoT(モノのインターネット)技術を活用した取り組みもある。NTTドコモや電通国際情報サービスと共同で、給餌の最適化や尾数の自動カウントの研究に取り組んできた。給餌の最適化ではいけすに水温や溶存酸素量、塩分濃度などを測るセンサーを設置し、海況に応じて最適な給餌量やタイミングを検証している。「マグロ養殖は1キログラム太らせるために約15キログラムの餌が必要。コスト面や持続可能の観点からも最適給餌の検討意義がある」と双日の半澤淳也食料・アグリビジネス本部食料・水産部担当部長は指摘する。

また、いけす間でマグロが移動する際に水中カメラで撮影し、尾数カウントの自動化を実施中だ。尾数のカウント作業はこれまで手作業で行っていたが、時間がかかることが課題だった。自動化させることで省力化につなげていく。

効率・安定的に供給確保

新興国の経済成長や健康志向の高まりもあり、世界的に魚介類の消費量は増える傾向。国連食糧農業機関(FAO)によれば、世界の1人当たりの魚の消費量は20キログラムを超え、今後10年間でさらに増加する見通しという。

このため天然資源だけではなく、これまでの養殖ノウハウに加えてAIやDX(デジタル変革)といった先端技術も組み合わせながら、効率的で安定的に水産物を確保していく必要性も高まっていきそうだ。

FAOの2020年版「世界漁業・養殖業白書」によれば、30年の魚介類総生産量は、18年から15%増の2億400万トンに増加する見通し。このうち養殖生産量の割合は、現在の46%から増えることが見込まれるとしている。

持続可能な開発目標(SDGs)との関係性を意識する声もある。SDGsの目標14には「海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する」とある。豊田通商の森賢亮課長は「完全養殖クロマグロはこれに当てはまる」と指摘する。現在、豊通の長崎と沖縄を合計した生産能力は約5万尾。今後は海外への本格的な成魚の輸出も視野に入れている。

データ/日本食ブーム、養殖拡大

国連食糧農業機関(FAO)によると、世界の漁獲類の総生産量は1950年に約2000万トンだったのが90年には1億トンを超えた。そうした中、天然水産物の漁獲量がこの30年間、ほぼ横ばい傾向にある中、養殖の割合が伸びている。

中でもマグロ類は世界的な日本食ブームなども背景に資源が枯渇し、漁獲量が制限されるなど、厳しい状況にある。

クロマグロの養殖は水温や水質といった条件が良い地域などで行われる。水産庁の資料によると、全国のマグロ類養殖の経営体数(19年12月1日現在)は91経営体(188漁場)で、養殖場は西日本エリアを中心に設けられているのがポイントだ。

国内では近畿大学を中心に養殖技術の開発が行われており、豊田通商や双日など、総合商社各社による取り組みも活況を呈している。

KEYWORD世界人口増と水産資源

国連などによると、世界人口は増え続け、2018年の約76億人が50年代には約100億人に迫ることが予想される。日本人の魚介類の年間消費量(18年)は約45キログラムで、世界平均(20.5キログラム)と比べてもよく魚を食べる。世界人口(76億人)と魚介類の消費量(20.5キログラム)を掛け算すると、年間で約1億5000万トン以上が必要になる。今後、新興国の人口増加や経済成長に伴い、水産資源の確保に向けた競争が一段と激化するとみられている。

日刊工業新聞2021年1月1日

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