スマート衣料ベンチャーのマスク事業が黒字化できた理由
Xenoma(ゼノマ、東京都大田区)はスマートアパレルを開発するベンチャーだ。パジャマやトレーニングウエアにセンサーを配置して睡眠状態や身体の動きを計測する。フレキシブルな配線やセンサーなどを日常使いの衣類に組み込む技術が強みだ。そんな同社がコロナ禍で布マスクを販売している。飛沫(ひまつ)飛散防止効果やマスク内酸素濃度を測り、保育施設などに4万枚を無償配布した。
「事業として黒字になる保証はなかった」と網盛一郎社長は布マスクを始めた当初を振り返る。顧客である保育施設や介護施設への国の対策は医療機関ほどは厚くない。だが保育も介護もエッセンシャルワーカーであり休めない。そこで取引先の工場に声をかけた。2月に布マスクを企画し、5月に販売を始めた。網盛社長は「初めは顧客の助けになり、取引先に仕事を回せればみなハッピーだろうと始めた。創業者であり、ベンチャーだからできた」と説明する。
【酸素濃度確保】
マスクは大企業や中小企業、製造や輸入、さまざまな業態が参入している。すぐに価格や販売力の勝負になるとわかっていた。同社は千葉大学の太田匡則准教授と布マスクの飛沫飛散防止効果を実証した。
くしゃみ発生装置を作り、飛散距離を20センチメートル以下に抑えられることを確かめた。マスク内の酸素濃度も計測し、「すずしい洗える布マスク」は安静時と走行時に19%以上を確保できることを確認した。不織布マスクや他の布マスクでは安全限界の18%を下回るものが少なくなかった。
酸素濃度は16%で頭痛や吐き気の症状がでることがあり、集中力の低下もある。そのためプロ棋士がリピーターになった。富取祐香最高財務責任者は「冬は受験シーズン。集中力でマスクが選ばれる」と期待する。
【黒字事業に】
布マスクは10万枚以上を出荷し事業は黒字だ。マスク切れが許されないフィットネスジムなど法人に提案している。ただ2年後も同じ規模で事業を継続できるとは限らない。網盛社長は「企画から生産、販売まで黒字事業として経験できたことは資産になった」と振り返る。量産や販売は技術を売る研究開発型ベンチャーの弱点ともいえる。
次はスマートアパレルとしてのマスクだ。世界では呼気センサーで肺がんなどの疾病を探す研究が進む。マスクにセンサーを付け、耳元まで配線を引けば電池も載る。酸素濃度はスポーツ選手のトレーニングに使われる。網盛社長は「マスクが浸透し、呼気データの活用が広がる可能性がある」と期待する。蓄えてきた技術が思わぬ形で花開こうとしている。(取材=小寺貴之)