ネコよりイヌを飼うと心身に好影響は本当?イヌは人同士のつながり深める
新型コロナウイルス感染症の広がりと共に、ペットを飼う人が増えているという。近年、飼育ペット頭数は横ばい傾向にあったが、「ステイホーム」が推奨され、心の癒しを求めて飼育している人も増えつつあるようだ。また、米グーグルやアップルなどでは、ペットの同伴出勤も認めている。
ところで、実際ペットの飼育は人にどんな影響を及ぼすのだろうか。企業が社内でペットを飼育するメリットはなんだろうか。専門家や企業に聞いた。(取材・小林健人)
イヌは職場の癒やしに
製造業向けの人材派遣大手のUTグループは、2018年まで社内犬として「ヌーピー」を飼育していた。東日本大震災後の2011年3月より飼育の検討を開始し、5月より週5日「出勤」を始めた。当時の社外取締役であった日本盲導犬協会の関係者の繋がりで元盲導犬の「ヌーピー」が入社した。飼育の背景について、担当者は「震災直後ということもあり、社内の雰囲気を明るくしたかった」と振り返る。実際、ヌーピーを飼い始めてからこれまでつながりが少なかった社員同士の散歩を通じた交流や、「仕事で疲れた時の癒しになっていた」(同担当者)という。中途入社も多い同社にとって、社内に馴染みやすくなるための手段にもなっていた。
ただ、飼い続けることは簡単ではない。月々のエサ代などよりも、一番負担が大きいのが人員の問題だ。毎日の散歩や退勤時に犬を家に連れて帰る必要があるからだ。それに加え、イヌの高齢化に伴って、社内で過ごすことが難しくなる場合もある。UTグループの担当者は「動物好きな人が社内に多く、日々の世話を無理なく分担できるのであれば、問題ない」とした上で、「コロナ禍で出社が減っていく中では難しい」とこぼす。現在、ヌーピーは退社し、社員が引き取った。ヌーピーの退社後も社員から後継犬を望む声があり、検討を重ねたが社内で飼うに適したイヌが見つからず、結局断念した。「コロナ禍で出社が減っている中、今後については負担感を考えながら決めたい」と話すように在宅勤務が普及する中、社内ペットを続けることとは容易ではないようだ。
イヌは人に共感する?
「イヌは非常に共感性の高い動物なので、人と共生することに非常に適している」。麻布大学でイヌの社会認知を研究する菊水健史教授は話す。従来の研究から人とイヌが見つめ合うことで人の心身に好影響をもたらすホルモン「オキシトシン」が分泌されることが分かっていた。
2020年に菊水教授の参加したグループが発表した児童のウェルビーイング(身体、精神、社会的に健全な状態)指数の経年変化を比較する研究では、イヌを飼育する児童の指数の平均値がイヌを飼育しない指数の平均値を上回った。一般的に10歳頃から35歳程度まではウェルビーイング指数が低下するとされる。この研究を踏まえ、菊水教授は「児童以外の年齢層の人々にも同様の効果があるのでは」と推測する。
ただ、菊水教授が強調するのは「イヌ」を飼育することに効果が見られたという点だ。
人同士のコミュニケーション円滑に
なぜ、ネコよりイヌを飼う方が人の心身に好影響が見られるのだろうか。菊水教授によると、イヌは最も古くから家畜化されてきた動物だとし、「人は外敵から身を守るなどの役割がなくなってもイヌを飼ってきた。イヌには人と人とのコミュニケーションを円滑にする効果がある」と話す。菊水教授自身もアメリカへ留学していた際、「友人が誰一人いない中、イヌの散歩からコミュニティーにアクセスでき、現地でのコミュニケーションが取れるようになった」と振り返る。自身の体験からもイヌは人同士のコミュニケーションを活性化するのだという。また、看板犬がいる店のようにイヌと人間が「顔なじみ」になることによってより強い影響が出ることもある。
愛知県内で福祉施設向けに、イヌを使ったアニマルセラピーを提供している「Animal-funfair わんとほーむ」の向宇希さんは「イヌと触れ合った高齢者は散歩や触れ合いによる身体面だけではなく、発声が難しくなった人が積極的に発声をしたりと、心理面での効果も見られた」という。また、継続的に同じイヌと触れ合った人の方がよく効果が見られた。「人もイヌも同じように顔なじみになると心を開いて心理的距離が近くなる」(向さん)ように継続して同じ動物と触れることが重要だ。
都心でイヌは飼いづらい。ネコが現実的
イヌ、ネコと障害者が暮らすグループホームを展開するアニスピホールディングス(東京都千代田区)でも昨年まで社内犬を飼育していた。同社の藤田英明社長は「イヌは人と常に一緒にいる動物。イヌだけを置いて、退社することは難しい」と語るように家に連れて帰る必要から、社内飼育を終了した。特に首都圏のように電車通勤が主流である地域ではイヌを連れて、出勤することが不可能なことは想像しやすいであろう。「やはり都心でペットを飼うとなると、飼育が比較的簡単なネコを選ぶ」(藤田社長)というように、実際同社も現在は社内でネコの「せんちゃん」を飼育している。
それでも菊水教授は飼育が「面倒」だからこそ、イヌを飼うことがコミュニケーションに効果があると強調する。菊水教授は「人とイヌは言葉を交わすことができない。だからこそ、お互いにシグナルを読みあわないとコミュニケーションを図れない。その過程で人同士がイヌの飼育方法や仕草について話し合い、自然と良好な関係性が作られるのではないか」と推察する。
在宅勤務の広がりから、企業はこれまで通り従業員同士のコミュニケーションを取りづらくなっている。オンラインによってコミュニケーションの「回数」は多くなったが、「距離感」は縮めづらくなった。コロナ禍の今、イヌは個人を癒やすだけでなく、人同士のつながりを深める貴重な存在になっているのかもしれない。