【三菱150年】ブランドを保つ重要性、緩やかにつながる集団へ

#2 三菱商事会長・小林健氏

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―三菱創業から150年となります。

「明治維新には幕藩体制の基礎があって、うまく政権交代ができた。社会の枢要に採用されなかった人たちにチャンスが出てきた。それをつかんだのが創業者岩崎弥太郎だ。乱世にあって才覚と情熱を持って九十九商会(後の三菱)を創った」

―その後、弥太郎の弟の弥之助、弥太郎の子の久弥、弥之助の子の小弥太と経営が引き継がれていきました。

「私は弥之助が素晴らしいと思う。弥太郎が築き上げた三菱を多角的に事業展開してサステナブルにした。一番感心するのは42歳という若さで久弥に(社長を)譲ったことだ。久弥と小弥太は、弥太郎、弥之助が敷いた路線を当時の日本の産業政策である殖産興業に乗って事業を展開してここまで大きくなったと思う」

―ご自身と創業家の精神のつながりは。

「社長に就いて1年目に東日本大震災が起きた。すぐに仙台の荒浜と若林に行った。被害の大きさを目の当たりにして何ができるか考えた。ボランティア、奨学金、民間非営利団体(NPO)への助成金など復興支援に100億円使うと4月の取締役会で決めた」

「『三綱領』の一つに『所期奉公』(期するところは社会への貢献という意)がある。綱領というものはその時々の情勢によって解釈は変わるものだ。私は復興支援をしながら所期奉公がまさにその通りだと強烈に感じた。社員の一体感も出て支援をして良かった。三綱領は練りに練られた古い言葉だが、今にしても新しい。今後も企業の行動原理として残っていくだろう」

―戦後、グループ企業間の関係はどう変化しましたか。

「グループ全体で大きな求心力を持って何かやってきたかというと私はそうは思わない。各社がそれぞれ発展しようと成長してきた。(グループ会社の会長・社長で構成する)『三菱金曜会』があるが単なる親睦会で、グループ政策を決めたり、個別のビジネスを討議したりすることは一切ない。個別のビジネスは個別に協議している。ただ三菱ブランドを保つことの重要性は共有している。緩やかにつながっている集団だ」

―今後の関係は。

「創業以来、重厚長大中心に国策に沿って経済発展を担ってきた。デジタル化の進展など産業構造が変わる中で、日本経済が曲がり角を迎えており、各社変わらないといけない。これもあくまで個別の企業がどう考えるかでグループで解を出すことではない。各社ポテンシャルを持っている」

日刊工業新聞2020年10月21日

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