33歳でパチンコ店の店員から金型技術者に。モノづくり現場で一番驚いたこと
1982年3月25日生まれ(38歳)金型技術課金型Gr所属
中学、高校時代は剣道や軟式テニスに熱中。最近はアウトドアにはまり、車で2時間ほどの山や川に友人と出かける。
酒は飲まず、コーヒーが好き。お気に入りのカフェが何軒かある。
自動車部品を主力とするプレス加工メーカー・タニコーは、高品質や高生産性を追求したモノづくりを強みとする。30~600 t のプレス機約60 台を保有。CAE を活用してプレス部品の成形性や搬送性を検証し、顧客に提案する「改善提案力」に定評があるほか、近年はプレス加工の自動化にも注力している。
金型技術課金型Gr に所属する清水陽介さんは、同社の工場で使うプレス金型の補修やメンテナンスを担当している。突発的な金型のトラブルにすばやく対応しながら、プレス機のオペレーターが楽に仕事ができるような仕組みの考案にも力を入れている。同社は金型の内製化を進めており、金型補修で得たノウハウを新規金型の設計・製作にフィードバックする役割への期待も大きい。仕事に向き合う様子を取材した。
同社は1958 年創業。二輪車部品のスポット溶接から事業をスタートし、家電部品を皮切りにプレス加工を手がけるようになった。現在はほぼプレス加工専業となり、四輪車の骨格部品や足回り部品を中心に、手のひらサイズから1 m を超える大物部品まで幅広く製造する。手がける四輪車部品の8 割をスズキのティア1 向けが占めている。量産設備として、アイダエンジニアリング製を中心としたプレス機のほか各種搬送ロボットを保有している。
パチンコ店のスタッフから転身
清水さんは33 歳で中途入社した。以前はパチンコ店を運営する会社に勤めており、接客業務を担当していた。仕事は嫌いではなかったが、大学卒業後10 年近く働く中で「接客より店の機械類をいじる方が性に合っている」と感じるようになった。「新しい仕事に挑戦したい」と考えたときに、思い浮かんだのが父親の姿だった。父親は金属加工業に従事しており、子供の頃、仕事場に迎えに行ったときに見た働く姿が印象に残っていた。
ただ、仕事を辞めてすぐに就職活動をするのには抵抗があった。大学では数学を専攻してそのまま就職したため、モノづくりの知識や経験はゼロ。「何もわからないままで働きたくない」と、まずハローワークの職業訓練制度を使って旋盤やフライス盤、マシニングセンタ(MC)などの機械加工や3 次元CAD の使い方を学ぶことにした。元営業職や元スポーツ指導者など、さまざまな経歴をもつ求職者に交じって機械加工の基礎訓練を受けた。
金型の存在は職業訓練を通じて知った。講義で金型の話を聞き、「すごく印象に残った」という。「金型を自分でいじれるような仕事がしたい」と目標を定めた清水さんは地元静岡で就職先を探し、2016年に同社の一員となった。
清水さんはまず、同社で最大の600 t サーボプレスのオペレーターとして配属された。現場の掃除や材料の準備、加工された部品を入れる箱を用意するといった業務をこなしながら、先輩社員についてプレス機の扱い方、段取り方法、出来上がった部品のチェック方法などを学んでいった。パチンコ店に勤めていたのでプレス機の発する大きな音は気にならなかったが、1 日中立ちっぱなしの仕事に慣れるのは大変だった。また、前職で接客を担当していたため、「周りの人の動きを常に気にして、即反応する」という癖がついていた。プレス機の音や動きの変化を感じて不良品の発生を防止しなければならないオペレーターには、「周りの状況に意識を乱されない集中力」が求められる。視界の端に人の動きが入っても反応しなくなるように自分を訓練するまで、かなり時間がかかったという。
「早く、きれいに直す」が大事
オペレーターとして働くうちに、当初モノづくりに抱いていた印象が変わっていった。清水さんが何より驚いたのが、「機械でつくっているのに、同じものができない」こと。材料を入れて同じ操作をすれば、毎回同じ部品ができるのが当たり前だと思っていたが、実際は材料の厚みや周囲の温度変化などで仕上がりは変わってくる。「モノづくりを甘く見ていた」と清水さんは振り返る。
入社から2 年後、現在所属する金型技術課に異動となった。金型技術者を目指していた清水さんにとっては念願の職場だ。金型技術課は社内で使う金型の外注手配や社内製造、金型の修理・メンテナンスを担う部門。修理・メンテナンスは清水さんと先輩社員の主に2 人が担当しており、約60 台のプレス機に使う金型を任されている。仕事が重なって忙しいときはベテランの上司に助っ人に入ってもらうことも。プレス金型は使っているうちに、材料を打ち抜くためのパンチが欠けたり、スプリングが疲労により破損したりする。パンチが欠けると交換もするが、修復が可能であれば肉盛り溶接をして機械加工や手作業で形状を再現する。
プレス加工メーカーである同社にとって、突発的な金型トラブルによる生産停止は可能な限り避けたい事態だ。金型のトラブルでプレス機が止まれば、納期に影響するだけでなく、オペレーターの手を止めることにもなってしまう。そのため、「オペレーターを待たせているときは、いかに早く、きれいに直すかを大事にしている」と清水さんは話す。作業スピードを上げるため、時間に余裕のある修理でも自分で目標時間を決めて日々、自己訓練を欠かさないのだという。
さらに清水さんは、「金型のどこが悪いのかをピンポイントで見極める力」を身につけたいと考えている。異動してすぐの頃は、作業スピードを上げさえすれば金型の素早い修理ができると思っていた。だが、先輩の仕事の様子を目の当たりにして、判断力の方が大事だと理解するようになった。例えばベテラン社員は、部品の切断面を見ただけでパンチとダイのどちらが劣化しているのかを瞬時に見分ける。「金型のここが悪いねと言われて、分解してみると本当にそのとおりの不具合が見つかる。ピンポイントで不具合のある箇所がわかれば、ムダに分解したり組み直したりする手間と時間が省ける」(清水さん)。
以前は断面を見ても、先輩のように差を見分けられなかった清水さんだが、最近は部品の状態から金型の不具合状況を予測する力がついてきた。「まだ100 点ではない」と謙遜するが、先輩と判断基準のすり合わせを行う中で、確実に実力をつけてきている。
自動化で品質・コストを追求
同社は今、プレス加工の自動化に力を入れている。以前は手間のかかる深絞り加工を強みとしていたが、数年前から「ラインペーサー」と呼ばれるロボットで複数台の単発プレス機をつなげて行う連続加工や、1 つの金型内で複数工程を行う順送加工などに特化し、受注する部品もそうした加工に適したものを増やしている。背景にあるのは深刻な人手不足だ。磐田市の同社周辺には製造業が集積し、新規の人材確保が難しい。また、顧客である自動車メーカーでは部品の共通化やモジュール化が進んでおり、部品の種類が減る半面、1 部品の生産数は増えている。その結果、顧客からはさらなる品質向上やコスト削減が求められている。自動化により、品質とコストで顧客ニーズの“一歩先”を行くのが目標だ。
ロボットによる連続加工や順送加工での不具合を防ぐため、同社ではさまざまな対策をとっている。真空吸着や磁気吸着でワークをつかんでプレス機間を運ぶラインペーサーには、搬送の不具合を検出するシステムを導入。順送金型には要所にセンサを取りつけ、コイル材がきちんと送られているか、スクラップが金型内に紛れ込んでいないかを検知する。また、シューターを落下する際に部品が詰まるのを防ぐため、レーザーで落下状況を監視している。新規金型へのこうしたセンサ類の取付けは外注先の金型メーカーに依頼するが、顧客から支給された金型の場合はタニコー社内で必要な改造を行っている。
清水さんの上司である金型技術課の鎗田和彦課長は、「金型の仕組みがわかれば、不良を防ぐ仕組みを構築できる。メンテナンスも同じ。金型内で起きている事象を想像して、『なぜ、この不良が発生したのか?』を考えながらメンテナンスすることが突発的な不良の防止につながる。清水さんには、そのような想像力をもった技術者になってほしい」と期待を寄せる。
同社は現在、金型の内製化率を高めようと取り組んでおり、社内で金型設計・製作を行うための各種工作機械や解析ソフトなどのツールを積極的に導入している。不良の原因を知ってメンテナンスで対応できれば、その理論を社内でつくる新規の金型にも応用できる。清水さんは、「金型の中で何が起こっているのかは、少しずつ想像できるようになってきた。不良原因を予測し、その検証を繰り返すことで技術者としてのレベルアップを目指したい」と語る。
清水さんは働きやすい作業環境の整備にも熱心だ。同社では2 年前から、中部産業連盟の指導を受けて5S-VM 活動をスタート。清水さんも5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)とVM(目で見る管理)に力を入れ、必要な道具を一目で探せる配置やムダのない動線を日頃から意識するようになった。端材を使って道具類を整理するための台や棚も自作。勉強のため近隣の金型メーカーの工場見学に行っても、「作業台や棚など、整理整頓のヒントについ目がいってしまう」と笑う。
作業者の働きやすさを意識
清水さんが追求する“働きやすさ”は自身や金型Gr のメンバーを対象としたものに限らない。オペレーターがより作業しやすくなるような、金型の改造にも携わりたい考えている。「長く接客業に就いていたせいか、お客様に快適に過ごしてもらいたいという気持ちが強い。今はオペレーターが自分にとってのお客様のようなもの。作業が楽になって、オペレーターの気持ちに余裕ができれば、トラブルを事前に防げるケースも増えるはず」と、オペレーターとしての2 年間の経験を踏まえて考えている。
自動車部品のプレス加工を手がける同社にとって、部品のハイテン化への対応や品質・コストのさらなる追求は避けて通れない。メンテナンス担当者としての職務にとどまらず、金型設計や改造への積極的な提案を目指す清水さんのような若手技術者の活躍が求められることになりそうだ。
会社概要所在地:静岡県磐田市南平松5
電話番号:0538-67-1880
代表取締役社長:水谷眞啓
資本金:9,800 万円
創業:1958 年
従業員数:62 人
事業内容:金属板金プレスおよび溶接加工
雑誌名:型技術 2020年9月号
判型:B5判
税込み価格:1,540円
内容紹介
型技術 2020年9月号 Vol.35 No.9
【特集】
ソフトマテリアルのための金型技術~ゴム成形、フィルム加工の最前線~
金型は金属プレスや鍛造といった金属材料の加工だけでなく、ゴムやエラストマーの成形、あるいはフィルムや粘着シート材の打抜きなどにも幅広く使われている。このようなソフトマテリアルの加工に際しては、金属材料の加工とは違った工夫やノウハウが数多く存在すると考えられる。
そこで特集では、ソフトマテリアルを加工するための金型技術を取り上げることで、金型技術の広がりを読者に理解してもらうとともに、新たな知見を得るきっかけになることを狙う。
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